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第三章 答えあわせ 4-2
ミノリのペースでキスを重ねていく。顔の角度を変えるたびにねっとりと吸い上げるくせに、口内には踏み入ってこない。
焦らしているつもりなのか。もしくは俺の反応を野生の獣のように窺っているのか。
表面で留まり続ける刺激に物足りなさを感じて、喉が鳴った。
散々唇を唾液でふやかした後、ミノリは口角、顎、それから首筋へと場所を移した。水音を鳴らしながら思わぬところを刺激され、触れた箇所から次々と火の手が上がる。
体が今までになく熱い。
ミノリにされるがままになる自分は、まるで自分じゃないみたいだ。
突然、全てが恐ろしくなる。ダメだ、やめろと脳内で警笛を打ち鳴らす。
強引にミノリを手で押し退けた。このまま距離と置こうと試みるも、こちらの行動を予測していたのかミノリの腕が俺をすぐさま抱き寄せる。
「……オーナーに聞いてみるよ。スタジオの見学できるかどうか」
ハルのお願いは叶えてあげたいし。乞うように、俺のまぶたへとミノリが口づけた。
「その代わり、逃げるのはやめて俺のこと好きになってくれない?」
「それとこれとは別問題だろ」
「俺を好きになるのはハルにとってそんなに難しい?」
返事はできなかった。
不必要に乱れた脈動が、勢いに飲まれるな、と俺を強く諭してくる。
喉がやけに乾いて、ミノリに向けた声はひどく掠れたものになった。
「俺はもう誰のモノにもならない」
なっちゃいけない。刻みつけるように、今度は心の中で言い聞かせた。
「なんで……」
ひどく傷ついた顔をして、ミノリは口を震わせた。
ああ、泣く。そう思ったものの、一向にミノリは涙を見せない。
泣きそうで泣かない歪なミノリの在り方が俺を惑わせたのも束の間、ミノリの手が俺の顔を荒っぽく引き寄せた。
「ミ、ノ……まて、っ」
唇を塞がれる。さっきまであれほど慎重だったのに、無理やり口の中へとねじ込まれた舌が生き急ぐように粘膜を愛撫した。
ぞくぞくとした痺れが腰に走る。与えられる刺激の強さに目の前がちかちかと瞬いて、頭の片隅で危険を察知した。
救いを求めてミノリの服をつかむと、舌の根を貪る勢いで口づけが深みを増すばかりだ。
「待っ……っ、ん、……!」
ミノリのキスはどこまでも執拗だった。顔を背けてもすぐに連れ戻される。
終わりの見えない口づけを浴びせながら、ミノリはおもむろに俺の服へと手をかけた。
胸を露出するほどに大きくめくりあげられ、羞恥に悶える間もなく、ざらつく舌が俺の肌を這っていく。
「……ぅ、あ……っ」
情欲に濡れた自分の声を聞くのは、あまりに久しぶりだった。冷静でいようと努めても、体はもうずっとミノリを求めている。
あとはなけなしの理性を手放せば、俺は――。
目先の甘さに目が眩んだ瞬間、体の奥底から冷たい声が這い上がる。
――ああ、そんなに「自分」を出すなんて。春輝は本当にダメな子だ。
「や、めろ……っ」
ハッとして、目の前の肩をドンと叩きつける。
動きがぴたりと止まった。それから再び電源を入れたみたいに、ミノリが俺から素早く体を離す。
ミノリの顔がみるみると青ざめていく。
人間らしい色が失われて、陶器のような頬へと様変わりするその光景は、近寄りがたいほど美しかった。なのに俺はそんなミノリの姿を、なぐさめることも寄り添うこともできずに呆然と眺めている。
「ごめん……」
物音ひとつでかき消えてしまいそうな、小さな声だった。
乱れた二つの息が、不自然なまでに異音を生んだ。
ただただ心臓が痛いほど脈を刻んで、さっきまでの行いを幻にさせてはくれない。
「……本当に、ごめん。ハルが嫌がることをしたいわけじゃないのに、俺……」
深く項垂れ、ミノリは床ばかりを見つめている。
膝の上で強く握り締められた拳は、力が入りすぎて真っ白だ。
ごめん、ごめんと壊れたように繰り返される謝罪だけが、俺の鼓膜を揺さぶる。
視界の端で捉えたカップラーメンの湯気は、細く萎んでいた。
「なあ、ミノリ。俺は怒ってない」
内側に丸まっていたミノリの肩がわずかに跳ねる。
「さすがにちょっと苦しかったけど、怒ってるわけじゃないから……」
「……本当に?」
本当に。それだけは嘘じゃない、と力を込めて首を縦に振る。
しかしミノリが本当にほしい言葉は、こんなものじゃないんだろう。感情の上っ面をなぞったような言葉で満足できるなら、俺たちは今も『レンタル』というルール内で関係を保っていたはずだ。
やがてミノリは力なくうなずいて、静かにほほえんだ。
カップラーメンを無言で食べ、夕方を迎えるよりも早くお開きになった。
スタジオ見学のことはまた決まったら連絡するから。ミノリにそう告げられ、それがそのまま別れのあいさつになる。
階段を降り、一度だけミノリの部屋をマンションの外から眺めた。ベランダで干された一人分の洗濯物が、風に揺られている。取り込まれる気配は未だ見えない。
玄関のドアが閉まる間際、ごめんね、と空耳のように聞こえた声が、いつまでも俺の空っぽな体の中で泳ぎ続けていた。
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