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第三章 答えあわせ 5-2
現場ではまさにスチール撮影の真っ最中だった。
白いスクリーンを前に分厚いニットを着た女性のモデルが立ち、服を見せるためのポーズを決める。
冬服の撮影のためだろう、スタジオ内は空調が効きすぎていて思わず腕を擦りたくなるほどだった。
「今日クライアントも同席しててちょっとピリピリしてるんで、春輝さんも見学中は静かにお願いします」
笹川さんに耳打ちされる。わかりました、と返したそれにかぶさるように、激しくフラッシュが焚かれた。
「あと三カット、連続でいきます!」
緊張の滲む、通りのいい声が突如響く。
声の出所を探れば、三脚に乗せた一眼レフの前に佇む、長身の男の背中がそこにはあった。
彼の宣言どおりフラッシュが三度焚かれ、スクリーンの前から流れるようにモデルがはけていく。
「クライアントチェック入ります」
パソコンの前に座ったスタッフから声が上がる。
カメラから転送されたばかりの写真を見ようと、散らばっていた関係者たちがパソコンの前に集まり出した。ちょっとした小休止の雰囲気がスタジオ内に漂う。
「卯木さん、レディースのチェック終わったら次メンズいきます。二十パターンあるんですけど時間も迫ってますし、ちょっと巻けます?」
コーディネーターらしき男から声かけられ、先ほどからずっとカメラの前に貼りついていた男が振り返った。
その華やか顔立ちの男の耳元には、見慣れたオニキスのピアスが耳元で輝いている。
紛れもなく、それはミノリだった。
「わかりました。準備できたモデルさんから、近くで待機するようにご協力お願いします」
スタッフが踵を返すと、しばらくしてミノリは息を吐いた。現場の駆け引きを洗い流すようなその吐息は、普段はひた隠しにしている疲労が垣間見えるようだった。
「チェックオッケーでーす!」
スタッフの合図にミノリが軽く手を上げて応える。長身のモデルがスクリーンの前でスタンバイした。
カメラテストのために目に焼きつくようなフラッシュが放たれた後、ミノリの指示によりアシスタントが素早く照明の角度を整えていく。
すると、スタジオに入ってからずっと俺の隣にいた笹川さんが話しかけてきた。
「実さんは、照明の当て方も的確で、服のうまい見せ方もわかってる。消費者はイメージ違いを起こさない、って。この業界では重宝されてるんです」
視線は前を向いたままだ。ミノリの働きぶりを目に焼きつけようとしているのかもしれない。
「でも受賞したときのような写真と、今うちでやるような仕事って、どう頑張ってもイコールにはできないんっすよ」
笹川さんがミノリに尊敬を抱いていることは、見ていればわかることだった。
ミノリのことを語るとき、笹川さんの声のトーンがわずかに上がる。なのに俺の視界に映る笹川さんの顔はずっと浮かない。
「でも重宝されているなら、それは彼にとって喜ばしいことですよね?」
そう告げると、笹川さんはわずかに視線を落とした。
「そう、なんですかね。だったらなんで実さんは『レンタル彼氏』なんて始めちゃったんだろな……」
笹川さんの疑問に答えることはできなかった。
それからの撮影は、工場さながらの流れ作業だった。
コンベアに乗って流れてくる商品を、ありのままの形で正確に記録していくような撮影風景がミノリを中心に描かれていく。
無邪気にファインダーを覗く男の姿は、どこにもない。笑うどころか、真剣とも無表情とも判断できる表情を崩すこともない。
計算され尽くした真っ白な空間で、カメラが世界を正しく刻んでいく。
これもまた、フォトグラファーとしての大切な仕事だ。
それぐらい、わかってる。でもどうしても、頭が理解を拒んでしまう。
『UTSUGI.M』は、ミノリで間違いないんだろう。
俺にとって、彼の名前と写真は長らく祈りの対象だった。気づけば写真界からいなくなり、だけどどこかで今も撮っていてくれたら、と願っていた。
しかしようやく念願の人物と会えたというのに、その彼は納期の時間と戦いながら、正確さだけを小さなスタジオの中で追い求めているらしい。
日常の幸福を拾い上げる感受性も。
最高の状態で被写体を切り取る技術も。
俺が欲しかったものを全部持っておきながら。
どうしておまえは情熱のかけらもなく、俺の目の前でシャッターを切ってるんだよ。
「笹川さん、すみません。俺、帰ります」
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