33 / 37

第三章 答えあわせ 7-1

「ちょっと散らかってるけど」 「……それ、謙遜するときに使う言葉だと思うんだよな」  ミノリに捕らえられた後、どうにも離れがたくなり、その足でミノリの家に向かうと室内はひどい荒れ模様だった。  回収日に出し損ねたゴミ袋の数々と、シンクに積まれたままの汚れた食器。それに前回訊ねたときよりも悪化した洗濯物の高い山。  俺と会わなかったこの数週間、ミノリがまともな人間生活を送っていなかったことは一目瞭然だった。  『トレモロ』から近いというのもあって流されるようにここまで来てしまったが、これなら俺の部屋のほうが幾分かマシだったかもしれない。 「まあでも散らかり具合で言えば、俺の部屋も似たようなもんか」 「あ。ってことは、俺に会えなくてハルも寂しかったんだ?」 「調子乗るな」 「はは、照れると口が悪くなるよね、ハルって」  ひとまずクローゼットからハンガーを拝借して、ジャケットと解いたネクタイを引っかける。  それから改めて部屋の惨状を確認したが、どこにも落ち着ける場所がない。  ぼうっと片隅で突っ立っていると、今片づけるから、とミノリが言う。  片づけるといっても、床に散らばったものたちをまるでブルドーザーのように押しのけただけだったけれど。 「ねえ、ハル。なにか食べる? 俺、作るよ」  キッチンに立ち、ミノリが軽く腕まくりをする様子を横目で捉えた。 「お腹空いてるように見えたのか?」 「だって『トレモロ』で食べ損ねてたっぽいし」  原因は少なからずミノリ側にもあるような気がする。  でも突っ込むほどの気力はない。今日もあと残り数時間だというのに、走って、泣いて、散々だった。 「なにがある?」  ミノリに寄り添い、一緒になって冷蔵庫を覗いた。 「冷凍チャーハン、冷凍ぎょうざ、冷凍ピザに、冷凍うどん。冷凍以外ならカップラーメン、カップ焼きそば」 「最高」 「でしょ?」 「じゃあ、うどんかな」 「具、冷凍のねぎぐらいしかないよ?」 「シンプルが一番美味い」 「じゃあ、少しだけ待ってて」  こめかみにキスをしてから、ミノリは俺をキッチンから追い出した。  ソファーもベッドもまだまだ雑然としていた。座るのは無理だ、と諦めをつけ、ひとまずローテーブル近くの床に腰を落ち着ける。  前に来たときはきっちりと、むしろ視界から追いやるようにバッグの中へと片づけられていたカメラも、今ではテーブルの上に無造作に置かれていた。  でも食事の邪魔になる。せめてバッグに戻してやるかと手を伸ばしたとき、ふとカメラの周囲に置かれたいくつかの雑誌に目が留まった。写真スポットや最新機器の紹介、写真家へのインタビュー等を掲載する、いわゆるカメラ愛好家専門のマガジンだ。  しかも必ずいくつかのふせんが貼ってある。ページが開かれたままの一冊も、例外なく。  ミノリがふせんを貼るほど興味を持つなんて、いったいどんな内容なのか。  ちょっとした好奇心に急き立てられてページをめくると、ふせんが示すのは、そのどれもが現在開催中のものから今後行われるものをまとめたフォトコンテストの案内だった。 「見ちゃった?」  突然の声に、驚きのあまり体が跳ねる。  そんな俺を見るなり、ミノリは気まずそうに目を伏せた。それから、ぱたんと俺のすぐ目の前で雑誌を閉じる。 「格好悪いよね」 「どこが?」 「だってそうでしょ。あれだけハルに、熱くなるなよって啖呵きっておいて、裏でコソコソこんなことやってんの」  道中で買った、二人分の缶チューハイがテーブルに置かれた。  すぐにまたミノリはキッチンへと引き返し、俺のところへ再び戻ってきたときには、うどんの入ったどんぶりをふたつ持っていた。 「食べよう。俺もお腹空いた」  俺の視線を感じ取ってるくせに、ミノリは何事もなかったように雑誌を片づけ、缶のプルタブを起こす。 「ほら。乾杯」  ミノリが缶を軽く掲げた。しかしいつまで経っても動き出そうとしない俺に、ミノリの貼りつけたような笑顔が崩れていく。 「おまえは、格好悪くないよ」  ミノリの目を見据えたまま、きっぱりと言い切る。ようやく観念したのか、ミノリはわずかに目を伏せると薄い肩を落とした。 「……賞の一つや二つでも獲れば、ハルを堂々と、胸を張って迎えにいける気がしたんだ」

ともだちにシェアしよう!