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第三章 答えあわせ 7-2
ミノリの握りしめていた缶が、テーブルに戻される。
「試して、みたのか?」
「まあ、結局ハルに会えないさみしさが勝っちゃったけどね」
ミノリのほほ笑みには覇気がない。
必死の追走も、荒れた部屋も、俺と会えない時間が引き起こした現実で、俺の中で罪悪感が際立っていく。
「実際は応募すらしてない。なにを撮っていても楽しくないし、ワクワクしないんだ。このまえ、ハルと一緒に使い捨てカメラで撮ったとき、本当に久しぶりに昔の感覚を思い出せた気がしたけど……やっぱり一人になると無理みたい」
「それなら、俺と一緒だと撮れるのか?」
不意に思い立ったことを口にすれば、え、とミノリが俺を見ながら長いまつ毛を上下させた。
「俺を巻き添えにして撮れるようになるなら、そうしろよ」
「ちょっと待って。巻き添えっていうけど、ハルが俺と一緒に撮影に出かけたところで、昔みたいに撮るようになれる保証はないよ? 俺はただハルといられたらそれでいい」
それじゃあ、ダメなの。そう問いかけるミノリの顔は真剣だ。
本気の思いで言っているんだろう。嘘をつかない男だからこそ胸に迫るものがあるし、流されてしまいそうにもなる。
でも、俺にだってどうしても譲れない思いがある。
「俺が見たいんだ。ミノリが本当に撮りたいと思ったものを、俺がこの目で見続けたい」
「それは『UTSUGI.M』のファンとして?」
頭を横に振る。そうじゃない。
「どっちかっていうと、伴走者とか共犯者として、って感じか。だって俺たち、一緒に苦しむんだろ?」
ちゃんと、どこまでも付き合ってやるから。
同意を求めて笑いかけると、ミノリは本当に悔しそうに唇を曲げた。
「敵わないなあ」
ミノリが俺をそっと抱き寄せる。いつものように気道の狭まる感覚がして、咄嗟に目をぎゅっと閉じた。
まぶたの裏側は、暗幕にも似ている。でもいつだってほんの少しの光を拾うから、完全な闇は訪れない。
「苦しい?」
ミノリの言う「苦しい」は、腕の力加減のことだろう。
「……苦しい。でも、平気」
すると腕の力がいっそう強くなった。狭い。だけど離れがたい。
近づいた分だけ、ミノリの濃い匂いが鼻を抜ける。肺の奥深くまでミノリの存在で満たされて、やがて全身に程よく回ると、体の強張りが解けていく。
不都合だらけな自分の体が、ミノリのために作り替えられていくようだ。
気分が落ち着かない。やたらと心臓がうるさくて、煩わしい。
「俺、また撮れるようになるのかな」
風が吹けば消し飛んでしまうほどの声量だった。
弱音なんか吐くなよと、笑い飛ばしてやれたらよかった。
撮れない苦しさを嫌というほど知っている今「また撮れるようになる」なんていう気休めは、嘘でも口にしてやれない。こんなときに限って自分の生真面目さが牙を剥いてしまう。
「ねえ。旅行でも行かない?」
「どこに?」
訊ねれば、ミノリはわずかに考える時間を取った。それからぽつりぽつりと石を水面に向かって投げるように言葉へと置き換える。
「二人で休み合わせて、カメラ持って、好きなように写真撮って……」
「うん」
「場所は、どこでもよくて」
「つまり、撮影旅行?」
「そう。でも本当はハルと一緒にいたいだけかも」
必要とされている。誰かの代わりでもなく、些末なカメラの才能なんかでもなく。
ミノリはただ俺と一緒にいたいと願う。
急速にミノリへの想いが深まって、かえってそれが怖くなった。
慎重にならないと。もっとゆっくり近づかないと。同じ轍を踏まないよう、神経を研ぎ澄ませてきた意味がなくなってしまう。
でも今から踏み出す一歩が、どこを辿っていくのかは自分でもわからない。
どうかこのまま過ちを犯しませんように。
ミノリと進むこれからが、やさしい道であれば尚いいと思う。
「旅行、行きたい。おまえと一緒がいい」
告げると、ミノリの目が愉快げに細められた。からかわれているような気がする。軽く睨めば、ますます笑われるばかりだ。
「なんか珍しく素直だなあって」
「変?」
「そんなわけない。もっとハルのやりたいこととか、俺にたくさん教えてほしい。叶えてあげたい」
「俺の方が叶えてやる立場だったんじゃないのか、これって」
「そうかも。でもどっちでもいいよ。お互いに叶えてあげたいって思ってるのって、なんか、いい」
「……うん」
「ねえ、目、閉じて」
言われたとおりにすれば、まぶたの上にキスをされる。続けて頬、それから唇に。だけど触れ合いをほどいた瞬間、視界に映るミノリの顔は憂いを帯びていた。
いつまでもミノリは揺らぎ続ける。こんなにも近くにいるのに、全てを捉えきることはない。
それがミノリの魅力でもあり、未だ残されたミノリの余白が俺に不遜な思いを抱かせる。
知らないところなんて、なくていいのに。
そんなこと、夜野さんのときには思いもしなかった。気持ちが昂るとこんなにも俺は窮屈な人間になってしまうらしい。
「手放したくないなあ」
ミノリが俺の頭に頬を寄せながらつぶやいた。
それはカメラのことであってほしい、と思う。でも、俺のことであってほしいとも思ってしまう。
しばらく抱きしめあって、長いキスをした後、二人でうどんを啜った。
薄味のそれだけが、夢のような今夜の出来事のなかで、温度のある現実だった。
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