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第四章 潮騒とシャッター音 2-2
天気には恵まれたと思う。朝もアプリで確認したが、今日は一日中晴れ模様らしい。
しかし気温だけはどうにもならなかった。太陽が昇った今でも空気は冷たく肌を刺す。
つい身が竦んでコーヒーを飲む。歯で噛んだような痛みが舌に走った。
「くそ、やけどした」
そんな俺のところに、ぶしつけなシャッター音が届く。振り返れば、ミノリがファインダーを覗いていた。
「なあ、今撮っただろ」
「うん。ダメだった?」
「絶対今のは間抜けな顔してる」
「大丈夫。どんなハルでも好き。ねえ、カメラ意識しないで。自然体のハルが撮りたいから」
と、言われても。フォトグラファーとしての経験ばかり積み重ねてきた俺にとって、カメラを前に自然体でいるのはあまりに難しい。
カシャリ。
再びシャッター音が聞こえる。
音だけを残し、世界が俺の中から遠ざかっていく。
――ダメだよ、春輝。そんな表情は美しくない。
カシャリ。
――言われたとおりに動いて。そう。君は、僕の言うことを聞いていればいい。
カシャリ。
――ほら、見て。春輝。写真の中の君はこんなにも美しい。
「ハル?」
間近で名前を呼ばれ、ハッとする。気づけばミノリが俺のすぐ近くに立っていた。その顔はどこまでも不安そうで、自責の念を募らせる。
「なんかぼうっとしてたけど、平気?」
「うん、ごめん」
ミノリから素早く背を向ける。ミノリの前を歩きながらも、心臓の早鐘がなかなか元に戻らなかった。
「あと三十分もすれば目的地が見えてくるよ」
再び車に乗り込み、しばらくしてミノリがうれしそうに告げた。
高速を降りて国道に入ると、視界の端に白い防波堤を捉えた。
どこまでも続く砂浜と、侵略するかのように打ち返す、幾重もの波の連なり。宝石をばらまいたような太陽のきらめきが、あちらこちらで生まれては泡に巻き込まれて消えていく。
海だ。
「窓、開けてもいい?」
ミノリの言葉にうなずき返す。寒かったら言って、とミノリは付け足してから、両サイドの窓をわずかに下げた。
隙間から風が吹き込む。飽和していた暖房の熱がかき混ぜられ、肌をなぞるひやりとした感触に思わず目を細めた。
「潮の匂いがする」
「ね。でも夏の時期よりちょっとだけやわらかい感じしない?」
「なんだよそれ。潮マイスター?」
「はは、ある意味そうかも。学生時代はバイトしてお金貯まったら、国内のいろんな海に足を運んでた」
好きなのか、海。うん、好きだよ。
ミノリの率直な言葉が、胸を打ちつける。まぶしさに目が眩みそうだった。恋の深みへと転がり落ちていく音がして、縋るように一眼レフを構えるとミノリが照れくさそうに笑った。
「ちゃんと格好よく撮って」
潮風がミノリの前髪を弄んでいる。
オートフォーカスが作動する。深くボタンを押し込めば、ミノリの横顔がシャッターによって空間から切り取られた。
夢中になった。まるで新しいおもちゃを与えられたばかりの子どもみたいに、ミノリを写した。連写をすればするほど体が熱く高揚して、欲が膨らんでいく。
撮りたい。触れたい。
しかし触れてしまえば、写真は撮れない。それどころかもっともっとと欲しくなって、また昨日のようにミノリに拒まれるのかもしれない。
矛盾した想いに痛ましいほどに振り回されながらも、不思議と捨て去ろうとは思わなかった。
それぐらい、俺はミノリのことを――。
「いつだっておまえは格好いいよ。妬けるぐらいに」
存分に撮り終え、ミノリの澄ました横顔に投げかける。ミノリは俺を一瞥するなり、黙りこんだ。
ビーチからほど近い駐車場に到着すると、比較的空いているのに、ミノリはわざわざ一番端に車を停めた。
「ごめん、ちょっとだけ」
ミノリの手が俺の前を横切ったと思いきや、背中のシートを後ろへと倒される。
「素直になるのはうれしいけど……困るよ」
ミノリが俺を見下ろす。
苦しげで、悲しげで、なのに瞳の奥では一度でも炙ってしまえば大きく爆ぜてしまいそうな劣情を覗かせる。
「言ったよ、俺。かわいいこと言わないで、って」
いつになく余裕のないキスになった。早々に口の中で唾液があふれ、二つの舌が絡まり合うたびに飲み込めなかったそれがぬるりと顎を伝っていく。
キスだけで我慢するから。吐息混じりの声が唇の表面で弾け、俺はゆっくりとミノリの首に腕を回した。
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