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第四章 潮騒とシャッター音 3-3

 突然、がちん、と歯と歯のぶつかる音がした。  咄嗟の出来事に目を閉じる余裕もなく、かぶりつくような、それこそ今にも顔から丸呑みされてしまいそうな荒々しいキスを受け止めながら、震えるミノリのまつ毛を眺めてしまう。  労りもやさしさもなく、欲求を互いにぶつけるだけの横暴な口づけだった。  今まで俺にしてきた数々の殊勝なキスはなんだったのか。そう省みるほどに脈絡なく侵入してきた舌は、好き勝手に口内を動き回る。  散々貪っておきながら、離れるタイミングもまた勝手なもので、体に風穴を開けられたような気分になった。 「今なら止められるよ。まだ」  悲痛を顔に浮かべたまま、ミノリが訴えてくる。  嫌だ。頭を横に振った。 「煽ってないで止めてよ、ハル」  嫌だ、ともう一度。今度はミノリの目を見て、小さく振った。  いい加減、その鼻につく理性を脱ぎ捨ててしまえばいいのに。俺なんかもうとっくに丸裸だ。 「うそつき」  ガウンを掴み、ミノリを引き寄せながら言った。 「本当は止めてほしくないくせに」  薄く膜を張った瞳が揺らめいたのを、俺は見逃さなかった。 「……やさしくできなかったらハルのせいだ」  皮肉めいたミノリの言葉が、深まるキスの中で消えていく。  たまらずミノリの頭を掻き抱いた。呼応するようにミノリの腕が俺の背に回り、もつれ合いながら二人でベッドに落下する。  ガウンを互いに脱いでいく。着馴れないそれの扱いにもたもたとしていると、ミノリが急かすように脱ぐのを手伝ってくれる。  下着も脱いでとうとう裸になり、上気した肌を密着させる。触れ合った箇所から溶けていくような感覚を堪能する間もなく、ミノリの手が俺の全身を這う。これから行われる物事を、その官能的な手つきで殊更強く理解させられ、喉が変に引きった。  ひたすら続くキスのせいで、やがて俺の口から飲みこめなかった唾液があふれ出た。たらりと顎を伝って落ちるそれを拭おうと手を伸ばす。しかし「ダメ」とミノリにたちまち阻止され、頭の上で結ぶように腕ごと拘束されてしまう。 「俺がしてあげたい」  ミノリの囁きが耳に落ちる。垂れた通り道を舌で掬われて、不覚にも蕩けた声が出た。気をよくしたのか、さっきまで口の中で泳いでいた舌が今度は俺の体の上を滑っていく。 「ぅ、あ……っん……」  肌の至るところを柔く吸い上げられ、体温は上り詰めていくのに体全体は重くなる一方だ。海の底へと沈んでいくように重心が下がり、下腹ばかりが血走って熱い。  この重みから早く解放されたくて、出口を求めるようにミノリの性器に曲げた膝を押しつけた。硬く張った感触にうれしくなる。  俺だっていろいろと触れて、ミノリの反応を確かめたいと思うのに、胸の先に舌がたどり着いた途端淡い期待は藻屑のように消え去った。 「っそれ……ダメ、だって……」  敏感な先端をわざと避けながら、ミノリの舌が動く。空振りで終わるばかりの愛撫に、焦れた腰が勝手に揺れる。  ミノリ、ミノリ、とうわごとのように繰り返すと胸元で空気が震えた。どうやら俺の痴態を、ミノリが笑っているらしい。 「ハル、すげえかわいい」  熟れて尖った芯を唐突に指でこねられ、息を詰めた。フラッシュを浴びたように視界が白み、同時に甘い疼きが胸から下へとじっくりと広がっていく。 「そんな、わけ……」  ぐにぐにと一段強く指で押しつぶされながら、バカみたいに翻弄される姿に、色気もかわいいもないだろうに。 「かわいいよ。いつも以上に素直だし」  次の瞬間、ミノリが先端を口に含んだ。器用に舌を動かし、挙げ句の果てにはおもちゃのように転がされて快感の波が怒涛のように押し寄せる。足の間で熱が膨らみ、ミノリを受け入れるために体が濡れていく。 「そこばっかり……いやだ……」  切実に訴えると仕方ないと言わんばかりに、ミノリは咥えたまま苦笑して、こちらの下腹部へと手を伸ばしてきた。竿を長い指で包まれ、数回扱かれただけでこれ以上ないほどに追い詰められていく。 「もうこんなに硬くなってる」  恨みと恥ずかしさを織り交ぜて睨めば、なにを勘違いしたのかキスをしてくる。  行為が深まっていく。中心に刺激を加えるミノリの手の動きが速くなる。こぼれる先走りが性器に塗り広げられ、くちゅくちゅとした淫靡な水音がミノリよって奏でられる事態に気が狂いそうだ。 「ン……っあ、あ……、っ」 「ハル、気持ちいい?」  言って。ちゃんと。ミノリが舌ごと声を耳の穴にねじ込み、嬲られる。  言いたくない。恥ずかしい。そうプライドが訴えるのに、俺の口から飛び出す言葉は熱さで蕩けた告白だ。 「きもちい……きもちい、から……もう、っ」  限界だった。永遠にも思われる長い体の硬直の後、体を激しく震わせながら、ミノリの手の中により成熟したそれが弾けてしまう。  迸った白濁が腹の上に飛び散っている。乱れた呼吸を繰り返しながら、拭かなければ、とぼんやりと思う。  しかし休息もないままに生ぬるい感触が訪れて、目が醒めるような思いがした。 「ミノリ、なにやって……」 「なにって、拭いてる」  だからって舐めるなよ。咎めても、ミノリは赤い舌を覗かせ、器用に掬ったそれを何食わぬ顔で飲み込んだ。あまりの気負いのなさに、思わず脱力しそうになる。 「汚いだろ」 「汚くないって。ハルの出したものなら、気にならない」  頭を押しのけようと試みるが、伸ばした手を逆に指で絡め取られてしまう。  全部を舐めとって、綺麗にして、まるで汚れなんて最初からなかったようにして、ミノリの献身が俺をありのままの姿へと還らせる。 「……ハル?」 「次は俺の番だろ」  口淫の経験はあまりない。でも、してやりたいと強く思ったのは今日が初めてのことだった。  ミノリと上下を入れ替える。ベッドに横たわるミノリの足の間に体を滑らせ、すでに下腹に届くほどに勃ち上がった性器へ口を埋めていく。 「本当に、平気?」  動揺した様子のミノリと目が合って、少しだけ優越に浸った。  口内で溜めた唾液をローション代わりにして、慎重に根元近くまで顔を沈める。またゆっくりと先端の膨らみまで後退する。ミノリの腹が硬く収縮して、均整のとれた筋肉のラインがうっすらと浮かんだ。  次第にほんのりとした苦味が唾液に混ざり始める。きゅうっと先を吸い上げると、その苦味はますます強くなり、ミノリが小さなうめき声をあげた。 「っ、すごい。ハル、上手」  ミノリの呼吸が乱れていく。まぶたを持ち上げれば、目尻を赤く染めたミノリが熱心に俺を見つめていた。  口の中で、硬度がいっそう増した。  咥えっぱなしのせいで顎が疲れてくる。それでも懸命に顔を動かし続ける。同時に、口では行き届かない根元を指で扱くと、ミノリから喉を潰したような声が漏れ聞こえた。 「も、……出る……っ」  粘膜に押しつけるようにしながら、ミノリが大きく腰を振った。瞬間、数回に分けて飛び出す体液が俺の喉を焼く。  熱くて、苦い。  わずかに勢いを削いだ竿に垂れていく蜜を舐め取り、すぼめた口を離す。  やがて、こくんと喉を鳴らした。何度かに分けて、独特のとろみを少しずつ飲み干していく。そうしなければならないほどの、なんとも言えない飲みにくさだった。 「うわ。初めて飲んだけどまずいな、これ」  しみじみと呟けば、ミノリが焦ったように体を起こす。 「なんで」  なんで、飲んだの。釈然としない様子で言葉が続いた。

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