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第四章 潮騒とシャッター音 3-4
「なんでっておまえだって俺の舐めただろ」
「それはそうだけど。ハルは初めてだったんだろ?」
「そうだよ。でも汚くないから飲んだ」
飲みにくさでいうなら、俺の知る中では一番の物体かもしれないけど。
笑いかける俺を見ては、ぐっと衝動を堪えるようにミノリは体を強張らせた。それから小さく息をつくと、再び俺の体をベッドにやさしく横たえる。
背中をシーツに預けてもなお、ミノリの腕は離れない。
すり、と頬と頬が擦れ合い、なんだか慈しまれているようにも思えて体が灼かれていく。
「初めてとかうれしすぎる」
「……恥ずかしいこと言うな、ばか」
「でも俺、多分これからも言うよ。ハルが照れるようなこと、たくさん。それでもいいの?」
「今更だろ」
嫌だったらこんなところまで来てない。
ひと息に告げると、ミノリは無言で俺にキスを落とす。何度も唇を寄せるうちに再び中心が昂ぶり、無意識のうちにゆるく腰を擦りつけていた。
「ミノリ……もっと、っ……」
欲しい。さらに奥まで。
懇願する。ローションを塗りつけたミノリの指が会陰をたどり、ようやく窄まりに収まっていく。
しばらく浅いところを念入りほぐした後、今度は性器の裏側をぐりぐりと指の腹で刺激してきた。
「ここ、いいんだ?」
答える余裕がない。
指先で押し上げるように触られて、そのたびに甘い疼きが全身を駆け巡る。開いた口からはむなしいほどに不明瞭な声しか生まれない。
「ねえ、言って。ハルの声が聞きたい」
「いい、……いいから……っ」
浅く抜き挿しを繰り返される。くちゅくちゅとあふれる水音が鼓膜すら犯して、快感の渦に巻かれていく。
もう少しで、イってしまいそうだ。
「……ミノリ、早く……」
「本当に?」
「いいから、来いっ」
ミノリが顔をしかめる。怒りとも焦りとも取れるような顔つきで髪をかき揚げると、ピアスの黒点が照明を反射してきらりと光る。
ゴムを纏ったそれが、奥まった箇所にあてがわれた。じれったくなるほどの速度でミノリが腰を沈めては、窮屈なところが少しずつ押し開かれていく。
もどかしい。早く、欲しい。
待ち侘びた先にあるものを期待して、後ろが締まるのがわかる。図らずも奥へと誘い込むような動きになり、先ほどから続くミノリの切実な表情がわずかにゆるんだ。
俺の頬を撫でる指の熱さに目を細める。
胸にこみ上げる確かな幸福に突き動かされ、ミノリの体にしがみつこうと手を伸ばした、その瞬間のことだった。
ストロボの光。耳慣れたシャッター音。
俺に向けられるレンズの鈍い反射が、網膜に焼きついて離れない。
――ああ、そんなに「自分」を出すなんて。
――春輝は本当にダメな子だ。
手が何も掴めないまま、ベッドに力なく舞い戻る。
ひゅっと吸い込む息は何度試しても鋭いままで、一向に肺が満たされない。
体から熱が逃げていく。手足が震える。
どうしてこんなときに限って、思い出してしまうんだろう。
「ハル」
どこかへ飛びかけた意識が、ミノリの一声で連れ戻される。
極限にまで光量を絞った部屋の中で俺を見下ろすミノリは、あとほんのわずかな刺激で泣き出してしまいそうなほど強く張り詰めていた。
「……やっぱり、怖い?」
怖くない。そう答えたいのに、喉から空気が漏れるばかりだ。
「体、震えてるよ」
言われなくてもわかってるよ、そんなこと。
「ねえ、ハル。やめよっか」
嫌だ。ここまで来て、やめられるわけない。
足を振り上げる。及び腰になっていたミノリの体に足をまとわりつかせ、逃がさない、と訴える。
震える手で目の前の背中を抱きしめる俺はきっと、世界一間抜けな姿を晒しているだろう。
「……俺はもう、逃げたくない」
理由もわからない涙が、目尻から勝手にこぼれ落ちていく。
ミノリの顔つきが険しくなる。おもむろに深いところを穿たれ、声が一際大きく弾んだ。
「好きだ」
小さく、浅く、さざなみのように揺さぶられる。
「好きだよハル、大好きだ」
何度目になるかわからない、シンプルでまっすぐな言葉だ。ミノリの告白は一つ一つはとても軽いのに、俺の体に降り積もると体内の水分を吸い寄せたように重くなる。
一人で生きることより、二人で生きることのほうがずっともっと難しいのだと知らしめてくる。
「……あ、待っ……!」
大きく左右に割られた膝が、腹へとくっつくほどに折り曲げられた。極みを目指すために律動が激しさを増していくのに、俺の感度はまだ鈍ったままだ。
すっかり萎えてしまった性器は硬さを取り戻せそうになく、ただミノリに抱かれているという事実だけが俺を必死に喘がせる。
「ハル、平気?」
少しでも俺が恐怖を見せれば止まってしまいそうな慎重さが声に滲んでいた。
やめないでほしい。苦しくてもいい。
このまま忘れさせてほしい。
だから、もっと。もっと。
「やさしく……すん、な」
「ハル?」
「激しく、しろ……訳わかんなくなるくらい……」
ミノリが俺の膝裏を両脇に抱きかかえ、結合部が露骨なまでに外気に晒される。挿入がより激しさを増し、絶え間なく揺すられながらカクカクと人形のように頭を振った。
「っう……あ、ああっ、んっ」
腹の奥で、行き場のない熱が燻っている。
それでも充分すぎるほど甘い快楽が、体に染み渡って満たされていくものがある。
やがて大きく俺を突き上げ、ミノリは息を詰めた。
体を小刻みに震わせながら欲望を俺に注ぎ、ミノリがゆっくりと弛緩する。
しかしわずかに勢いを失ったそれを抜き去ることもなく、なにかに取り憑かれたようにミノリは俺にキスをした。
キスぐらい、いつだってできる。そんな単純なことも忘れて、もしくは忘れたふりをして、飽きることなく唇を合わせる。
繫いだミノリの手は、いつまでも小さく震えている。
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