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第五章 さようならへの招待状 3-1
ミノリが韓国へと旅立った週の土曜日、俺は『トレモロ』で一眼レフを握っていた。
ともちゃんを通して依頼が突然舞い込んだのは、さかのぼること三日前。
写真が趣味だという友人に撮影をお願いしていたが、急遽入院になったとのことで俺に白羽の矢が立った。
しかしあまりに急な話であることは間違いない。
ポートフォリオの準備もSNSの運用も不完全、実績も積んでない俺に頼むのは相手も不安が大きすぎるだろう、と昨日はなんとか時間を作ってもらって新郎新婦と『トレモロ』で打ち合わせをした。
なにもかもが突貫工事だった。
韓国にいるミノリには、撮影の依頼があったことをメッセージアプリで伝えた。
――応援してる。帰ったらたくさん話そ。
文字でやりとりするよりも直接会いたがる、なんともミノリらしい返事。パーティー開始までに、何度となくミノリとのトーク画面を眺めた。
新郎新婦入場に始まり、サプライズで指名された新郎同級生の乾杯の音頭で、二次会パーティーは幕を開けた。
一次会は結婚式場で執り行われた後で、今の二次会に来ているのは職場の堅苦しい人間関係を取っ払った、学生時代の友人たちばかりだという。
漂う雰囲気は終始アットホームだ。
自分たちよりも、できる限り友人たちを優先して撮ってほしい。打ち合わせのとき、新郎新婦に頼まれたたった一つの要望が、場に不釣り合いなほど体に負荷をもたらしてくる。
歓談の時間を大切にしながらパーティーが進行していく中、各テーブルを回っていく二人の後を追い、要望どおりに友人たちの姿を写真へ収めた。
緊張はいつまでも消えなかった。
ときどき、心臓が強く跳ねて、足が止まる。
撮れてはいるが、大事な場面で引きの写真が多くなってしまう。
客への配慮。ためらい。そういった過剰な謙遜が決断力を鈍らせ、被写体に対して今一歩詰め寄れない、甘さの残る構図になった。
「よ。どうだ、春輝。撮影は順調か?」
撮影した写真の確認を行うために、観葉植物のそばで身を隠すように立っているとともちゃんが近づいてきた。式の進行や料理の配膳はスタッフに任せていても、キッチンを回すともちゃんが多忙じゃないはずがない。
ほっと息を吐きながらも、まあな、と強がってみせる。
「急に頼んで申し訳なかった。でもあの人たち、うちの常連さんだし、どうしても写真残したいって言ってたから」
「わかってる。俺だって、お金をもらうからにはちゃんとやり遂げたい。今いっぱいいっぱいだけど、それで撮れませんでしたって試合放棄するのは違うしな」
それにともちゃんの依頼を受けると決めたからには、遅かれ早かれデビュー戦はやってくる。それがたまたま早まっただけの話だった。
「俺、春輝のそういう無責任になれないところはずっと尊敬してるんだよな。責任感が強いっていうよりは、最低限の責任をどうしたって放棄できない、潔癖さっていうの?」
「ともちゃん、突然どうした。忙しすぎて思考のねじでも飛んだ?」
軽口で場を濁すと、ともちゃんは心外だと言わんばかりに鼻白んだ。
仕方ないだろう。同級生である気兼ねのなさと、実の妹のほのかが俺たちの輪にいつもいる以上、ともちゃんはしっかり者の兄貴然として振る舞いたがる。ともちゃんから褒められたことなんて実の親よりもずっと少ない。
「褒められるときは素直に褒められとけ。春輝はちゃんと褒められていいんだよ」
残りも頑張れ。そう言い残し、ともちゃんは再び厨房へと戻っていった。
パーティー開始から一時間以上経ち、定番のビンゴ大会がそろそろ始まろうというタイミングだった。
高砂席にいた新郎のもとに一人のスタッフが寄ってくる。俺もまた高砂横で待機していて、二人の潜めた声をつい拾ってしまう。
「あの……受付リスト確認したら、まだお一人来られてないようなんですが、このまま料理は全部お出ししてもよろしいんでしょうか?」
新郎がわずかに思案して、新婦に目配せをする。それからスタッフに、そのまま進めてほしい旨を告げた。
「もともと間に合うかどうかわからないって言われてたのを、僕が無理に誘った人なんです。お店のほうはスケジュール通りに進めてくださって結構ですから」
スタッフが立ち去った後、俺は新郎に話しかけた。よほど大切な友人なんだろうか、友人から注がれた赤ワインをぐっと空けるその姿は、パーティーに似つかわしくないほど沈んでいるようにも見える。
「間に合うといいですね、その方」
「あ、宮永さんにまで心配かけてすみません」
「大切なご友人なんですか?」
「友人というより大学時代の先輩なんです。サークルが同じで、そこで知り合って。なんでも今は、新しいフォトスタジオのオープン前だから多忙みたいなんですよ」
まあ来られないなら、また二人で改めて飲みにいくんですけど。どこか遠くを見ながら笑う新郎に、それいいですね、と告げて距離を置いた。
白熱の一位争いを繰り広げたビンゴゲームが終わっても、その例の先輩は来ていないようだった。
パーティーもそろそろ締めに入る頃合いだ。
せめて一枚ぐらい先輩とやらの写真を撮って納品してあげたいが、ここまで待っても来ないとなると難しいかもしれない。
「……残念だな」
店内の片隅で、しんみりとこぼしたときだった。
「ダメだよ、春輝。晴れの場でそんなふうに苦しそうな顔を見せては」
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