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第五章 さようならへの招待状 6-2
招待状に添えられていた概要によると、パーティーは二部制で行われるらしい。
昼前から開催された一部は一般客向けで、誰でも無料で見学できる。スタジオの設備を使ったフォトサービスや、有名どころのパティスリーが作った軽食も提供されるのだと夜野さんは言っていた。
「夜は関係者向けのお披露目パーティーってことか。気合い入れないとね」
「別にミノリが気負う必要なんてないだろ」
「そこはほら。もしかしたら仕事でいつも関わりのある人も来てるかもだし」
油断大敵ってことで。ミノリがへらっと笑った。
業界歴の長い夜野さんのことだから、同業のフォトグラファーや普段から関わりのある広告代理店や印刷会社、モデルやスタイリストなど、今日のために手広く声をかけているだろう。
ミノリが懸念するように、知人や日頃の関係者と会う可能性は完全には捨てきれない状況だ。
「それにしても、ハルはかなり敏腕な人と付き合ってたんだね」
地図に示されたテナントビルの目と鼻の先で、唐突にミノリが立ち止まる。
ガラス張りの一階の窓ガラスからは夕刻のような淡い光が漏れていて、その中にはすでに多くの人影がひしめき合っている状態だった。
「俺でも『夜野鷹介』って名前はちょっと聞いたことあるよ。モデルとアートを融合させた広告媒体専門のフォトグラファーっていうイメージ」
「ああ、まあ。人脈も広いし、仕事が途切れるところは見たことない。それに技術力は本物だから」
「でも、ハルをダメな子だって決めつけた」
おいで。
夜野さんが放つ言葉の圧とはまるで違うのに、ある種の似た強さがあった。
なのに、不快じゃない。素直に歩み寄ってしまう。
ミノリにやさしく触れられ続けた俺の心が、誠意に応えたくて必死に形を変えようとしているのかもしれない。まるで長い時を経て丸みを帯びる、シーグラスみたいに。
「今日のハル、綺麗だね」
ビルから漏れる光の中でミノリはふっと頬を緩めながら、こちらのネクタイに手を伸ばしてきた。歪みを直してくれるようだ。
「綺麗って、俺が? 冗談だろ」
「こんなときに言わないよ。いつも着てるスーツより気合い入ってるし、表情もずっと真剣で怖いぐらい。そんなハルを見るの初めて」
妬けるなあ。独り言にも似たつぶやきが、耳たぶをなぞる。
「ごめん。ちょっとだけ、いつもの俺に戻っていい?」
わずかに視線を泳がせながら、仕上げとしてネクタイの結び目をミノリがキュッと持ち上げた。
「元カレになんか、本当は会わせたくない」
耳を澄ませなければきっと聞き取れなかっただろうミノリの本音に、もうずっと取り乱しっぱなしの心臓が痛みを訴えてくる。
でもダメだ、ここで流されてしまったら。
俺はミノリを傷つけた。この事実を蔑ろにしてはいけない。
「ミノリ、俺は……」
「はい、直ったよ。これでばっちり」
俺の言葉尻を奪いながら、ミノリは俺の胸をネクタイの上からトンと叩く。スイッチをすでに切り替えて、今俺の前には『レンタル彼氏』として全方位型の笑顔を浮かべたミノリがいた。
ミノリに背中をそっと後押しされる形で、華々しいフラワースタンドで彩られたフォトスタジオへと足を踏み入れる。
玄関を入り、すぐ脇には受付用のブースが設けられていた。
来客対応を任されている二人のスタッフは、どちらも見覚えのない顔だ。
俺と夜野さんの関係は在職中に誰かに漏らすことはなかったが、それを差し引いても後味の悪い辞め方をした自覚がある分、知らないスタッフでよかったとわずかに安堵する。
「本日はフォトスタジオの開店、まことにおめでとうございます」
あくまでも他人行儀な、堅いあいさつをする。招待状をスタッフに見せ、ミノリとともに受付を済ませた。
「もうすぐ弊社代表による乾杯がありますので、どうぞグラスをお持ちください」
コートと荷物をクロークに預けた後、俺たちはそれぞれシャンパングラスを受け取った。
そのわずか後に、耳をキンと劈く、突然のハウリング。
ちょっとした緊張が全身に走る。間を置くことなく周囲から沸き起こった高揚感が、硬くなり始めた俺の体を無遠慮に包みこむ。
マイクテストの声がスタジオ内にこだまする。
ミノリと軽く目配せをして、招待客が密集したフロアの最後部に並び立った瞬間、乾杯の音頭を取る夜野さんの声が高らかに響き渡った。
そこからの歓談タイムは、ろくに食べられもしないのに立食形式のフードやドリンクバーについ張り付いた。ただの一般人である俺が業界人の中に堂々と身を置くのは、少し息苦しい。
人の目を避けるように皿にサラダやローストビーフを盛り、黙々とミノリの隣で口に運ぶ。
「今日はなかなか忙しいみたいだね、彼」
やがてミノリが、ショットグラスほどの小さな容器に入ったムースを食べながら言った。その視線の先にいるのは、長い髪を編みこみながらひとつにまとめ、上品なストライプ柄のスーツで着飾る夜野さんだ。
話しかける機会をうかがっているものの、乾杯を終えて以降、彼はひたすら招待客の対応に追われている。
近づけない。分厚い人の輪が彼を中心に生まれ、もう長い間遠巻きに眺めることしかできずにいた。
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