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第六章 Spring fill in the blank 4-2

 『トレモロ』からミノリの家に帰ると、玄関を跨いですぐに後ろから抱きしめられた。  靴を雑に脱いで、腕の中で体を反転させる。自らミノリに抱きつく形でキスを迫り、貪るような応酬になった。  解放感が人を少しだけ大胆にするとはよく言ったものだ。  ミノリもまた軽やかなまま、個展に向けて大きなプレッシャーを背負っていたのかもしれない。  気が遠くなるほど長い廊下でもないのに、ほんの数歩が惜しい。狭い廊下で向かい合ったまま、ミノリのベルトを外しにかかる。  下着の中で窮屈そうに収まっていたミノリの性器を取り出し、入念に愛撫していく。大した時間もかけずにそれは硬く張り詰め、肌に落ちる吐息の温度が一段と上がった。 「ねえ、俺も触っていい?」  廊下の壁に手をつき、ミノリが俺を覗きこんできた。潤んだ瞳にしたたかな欲を垣間見てしまい、まだ触れられてもいない中心がはしたなく育ってしまう。  お伺いを立てるようにさせたのは、間違いなく俺の弱さが原因だ。なのにミノリを変えてしまった罪悪感より、優越感の方が遥かに凌ぐ。  本当はすぐにも触れてほしい。伺わなくていい。  まだ少しだけ、ミノリを焦らしたいし、余裕ぶってみせたい。  俺の存在がミノリにしっかり根づいていることを確かめて安心したいのに、答えをせがむための口づけが俺の理性をふやかしていく。 「……触れよ、早く……っ」  感情の天秤は、情けないぐらいの素早さで快楽へと傾いた。  下着ごとスラックスをずり下ろされる。あらわになった性器は重力に逆らいながら、今もじわじわと先端の窪みから蜜を生み出している。 「ん、……っ」  しなやかな手に握り込まれた瞬間、全身に鋭い電流が走った。遠慮のない動き。早くも余裕を奪われて体をよじるものの、背後にある壁に逃がすものかと阻まれる。  どっぷりと頭の芯まではちみつのような快感に漬けられて、あまりの息苦しさに喘ぐしかない。  粘度のある音が、互いの動きの合間に混ざる。手のひらにまとわりつく先走りを塗り広げながら、ミノリを高みに追い込むために扱く速度を上げていく。  時折ぴくぴくと揺れるミノリの肩に手を添えると、布越しでも汗の存在をしっかりと感じた。 「ヤバい、俺、もう限界かも……ハルは?」  首を横に振った。まだ少し、出口は遠い。するとミノリが苦笑しつつ、ゆっくりと顔を耳元に寄せてきた。  放つ声は甘えるときのそれだ。 「いっしょにイきたいなあ、俺」 「っふ、なんだよ、それ……」 「ねえ、ダメ?」  かわいいやつ。愛しさが過ぎて、ミノリにキスをする。行為中にミノリからわがままを言われたのは初めてだった。  啄むような口づけを何度もしつこく繰り返していると、ミノリの顔がひと際鋭くなった。 「手加減してよ……一人でイくのは嫌だ」  ぎりぎりのところで自分を律しているミノリは、あまりに健気だ。それでも完全には律しきれなくて、俺のシャツのボタンを外しにかかる。あらわになった肌にミノリが少し乱暴に吸いついた。 「う、あっ……」  正気を保つように、ミノリが俺の肌をきつく吸いあげた。さっきまではまだ遠くにあったはずなのに、一気に快感が迫ってくる。  その間も下への刺激が疎かになることはなく、上下の動きに合わせて太ももが小刻みに震えた。力が抜け落ちそうになるのを必死にこらえ、俺もまた手を芯に沿って動かし続ける。 「はぁ、っあ……ミノリ……ごめ、俺……」 「うん、俺も……」  酸素を根こそぎ奪うような口づけとともに、成熟した中心がミノリの手の中で弾けた。どくどくと脈打ちながら、先端から数回にわけて白濁した体液が飛び出す。  肺を潰したようなうめき声をあげながら、右手ではミノリの放った熱を受け止めた。  長い硬直から解き放たれ、ミノリがくったりと俺にもたれかかってくる。抱きしめてやろうとして、ふと我に返った。 「……ティッシュ」  頭に浮かんだ単語を呟く。俺の手は体液まみれで、このまま触れてしまうのはどうにもためらいが生まれた。 「部屋にティッシュ取りに行くより、シャワー浴びる方が早いかも」  荒げた息を俺の耳元で生み出しながら、ミノリが小さく笑う。  それもそうか、と同意を示した途端ミノリに浴室へとさらわれた。  お互いのものを扱き合った手で、今度はそれぞれの体にボディーソープの泡を擦りつける。しかし火に油を注ぐようなもので、和やかに始まったはずの触れ合いもすぐに官能的なものへ変わってしまう。  泡の上から胸の粒を指でぐにぐにと弄ばれるたびに、あられもない声が反響した。 「なあ、ここでもやるの……」 「だってハルのいやらしい声聞いてたらたまんなくなっちゃって。嫌ならやめる」 「いまさら、無理だろ。こんなになってんのに」 「でもハルのためなら、やめられるよ」  嫌だ。ここでおしまいにされたら、あまりに切ない。  萎んだはずの欲が返り咲くのは一瞬で、痛々しいほどの屹立が二人分、見下ろした視界の先にあった。 「やめなくて、いい」  ミノリの手が背後に回ってくる。中を知り尽くした指はことごとく敏感なところを狙いうち、俺をあっという間に高みへと連れていく。  執拗な交わりは長時間に及んで、さすがに風呂から出たときには頭がくらくらとした。ふらついた体をミノリが支えてくれる。 「ごめん、ちょっと無理させた」  ミノリに抱きかかえられながら、びしょ濡れのままベッドにたどり着く。  水。そう訴えるよりも先に、覆いかぶさってきたミノリと唇が重なった。錆びついた扉をこじ開けるように舌が割り込んでくる。しばらくすると肉片を伝い、生ぬるい水が分け与えられた。  生き返るような心地に、骨の髄までとろけていく。 「……もっと」  もっと欲しい。  ミノリが水の入ったペットボトルを咥えた。そしてまた口移しで、生命の源を注がれる。しばらくその行為は繰り返されて、なんだか自分の魂ごとミノリに握られてしまったような感覚に陥った。  カメラに魂を抜かれるなんて迷信だ。それでも確実に、俺は今、ミノリのものになっている。  今となっては、ミノリと出会ってからの記憶の全てが懐かしい。  毎日が新鮮に思えた。何気ない日々にすら価値を見出してしまい、今この一瞬でさえも逃したくないと思ってしまう。 「なあ、ミノリ」  唇が離れたわずかな隙間を縫うように、声を放った。 「いつか二人でスタジオを持つか」  きょとんとした表情のミノリは少しだけ間抜けでかわいくて、つい笑ってしまう。いまだ処理が追いつかず半開きのそこへキスをすれば、いい気付け薬になったのか、ようやくミノリが言葉を紡いだ。

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