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母から貰ったもの

「何かやりたい事とかできたの?サッカーで高校に行けそうならそれでもいいと思うし」 ー判ればよろしいーと頷いて、受験の相談に乗るよ?とばかりに言ってみる。 「あ〜、そんな話は来てるって言われたんだけどさ…」 「え!マジで?すごい」  初耳だったのでそれは驚く。  実際部活の顧問には2件来ていると聞いていた。  それはそれで嬉しいとは思うが、 「でも、断ろうかなと思ってて」  意外な言葉が漏れた。 「なんで?受験しなくていいならいいじゃん?」  それは、スポーツしない子ならば憧れる立場だ。  そんな間にバスが来て、2人は声のトーンを下げながらドア前で話す。 「そこなんだよなぁ。スポーツ推薦で行っちゃうとさ、高校で勉強しなくていいってなるじゃん。先々にプロになれる保証があればいいけどそんなの無いし、勉強しないでサッカーばっかやって、まあ大学もそれで行けたとしても社会でやっていけなそうじゃね?」  思ったより色々考えてた。 「へえ…そこまで考えてるんだね」 「これは、はる君のおかげだよ」  え?と少し高い顔を見上げる。 「はる君は小2でもう医者って決めてそこに向かって来てるじゃん。前の夏に会った時もちゃんと先々考えててすげーなって思ってた。俺もちゃんと考えないとなあって思ったわけだよ」 「まあ俺はね、かーさんの事とかあったからさ、そう思っただけだけど」 「でもさ、普通って言っちゃうとあれだけど、そんな小さい頃に医者になるって決めても、それやり通すやつってそうそういない気はするけどな」  汀はバスの天井近くに張ってある手すり棒を掴んでいて、遥翔がそれを掴むには手を伸ばした状態になってしまうだろうなとぼんやりと余った手首あたりを見ていた。 「まあ…勉強が性に合ったんだと思うよ。嫌じゃなかったからね。嫌だったら続かないよ」 「勉強が性に合うって言うのがすでに才能な気がするわ」  両手をその棒にかけて、ちょっとうんざりした顔をする。 「じゃあなんかやりたいこととか見つかったわけ?」 「特にこれ!ってわけじゃないんだけどさ、俺はサッカーは好きなんだよ。だからサッカーに関わる仕事したいなって思って色々調べてたら、フィジカルトレーナーとか出てきてさ、それいいなあって思った」  フィジカルトレーナーは、アスリートの身体能力の向上や、怪我を予防する専門家だ。筋トレや有酸素運動などで選手のコンディション管理などをする仕事。  「へえ!いいじゃんそれ、いいと思うよ」  メジャーリーグに行った選手に、専属のそう言う人がついていると言う話は遥翔もよく聞いている所だ。  そう言う人に汀がなりたいと言うなら、応援もしたい。 「結構興味持ったんで、もっと調べたら意外と覚える事多くてさ…勉強に才能を見出せない俺にできるかな…てちょっと引き気味」  遥翔はスマホを取り出して軽く調べてみて、その内容を見て 「なるほどねえ…少しだけ医学っぽいのも絡んで来るんだね」 「そうそれ…基礎とはいえ、解剖学とか運動生理学とかさ……それにメンタルなんとかもやらないとだし…」  まあ調べればそういった難しいことは色々出てはくるけれど 「だったら高校は普通科に行ってさ、じっくり考えたらいいじゃん。考える時間なんかまだいっぱいあるし。そんな先のことまで考えてうんざりしてたって始まらないよ」  スマホをポケットに入れて、笑うしかない。  だって本当に高校にさえまだ決まっていないのだから。 「大学考えるまであと4年もあるよ。色々考えていったらいいと思う」  遥翔がそう言い終えた時、降りるバス停につき、汀が地元のプリペイドカードで払ってくれて、その分ハイゼでドリンクバー奢ると言う話をつけてバスを降りた。 「でも、みーくんがそこまで考えてるのも意外だったな」 「さっきも言ったけど、はる君のおかげだって。はる君が頑張ってなかったら、俺だってもしかしたらサッカーで高校行っちゃったかもしれないしさ」  その辺は…少し寂しい話も関わってくるから、遥翔には何も言えないけれど…。 「あ…や…なんか悪い…」 「なんだよ、謝んなって。俺もさ、母さんがあんなことならなければもっとぼんやりしてたよ。これは母さんに感謝もしてるんだよ。母さんが残してくれたことだから頑張れてるしさ」 勿論、あの時の気持ちは一生忘れないし忘れられない。でも、医者になって母親の病気をこの世から消したいと思った時に、何かが開けた気がしたことも覚えている。 ーかーさんが俺に夢をくれたんだーこれは本当に、強い原動力だった。 「それのお裾分けを、俺が貰おうってことだな」 「だったら頑張れ。俺のかーさんのためにもな」  バスを降りて数分、屋根だけのアーケードの中に入りハイゼリアへと向かっていった。    店内は日曜の昼前ということで、混むから早めに…と思って来たが案の定結構賑わっていた。  それでも待たずに案内され、遥翔はドリンクバー付きハンバーグセットに決めたが、汀に至ってはサラダ、フライ全種乗せハンバークセット、ナポリドリア、ピザ… 「ちょ、食うね…」  スマホに注文を入れていく様を見ながら、遥翔が絶句している。 「はる君それで足りんの?俺無理」  だろうね… 「俺が食うの知ってるから、遊びに行く時はかーさんが別にカード渡してくれるんだよな。まあ小遣いじゃこんなに食えんからな〜」 「笙子さんも、スポーツやってる息子の体は気にかけてくれてんだね。でももうそろそろ…」  ピザの後パスタとチキンなどを注文していたが、流石に怖くなった。 「はる君も食っていいからね」  にこーっと笑って注文ボタンを押す汀は満足そうだ。  飲み物に至っては順番に行ったが、汀は全種類1cmずつドリンク〜などとドス黒いグラスを持って帰ってくる。 「ほんと飽きないな…みーくん」  毒じゃねえの?と遥翔は爆笑した。  混み具合のおかげで家族仕様のテーブルに座れたが、そのテーブルの上が徐々に埋まってゆく。 「こんなテーブル初めて見た…」  なんとなく食欲も奪われそうなのでとりあえず食べ始めるが、テーブルいっぱいの食べ物が全部自分を見ているようで居心地も悪い気がしてくる。 「うまそ!いただきます!」  汀も食べ始めるが、食べ方が汚いわけでは決してないのにものすごい勢いで食べ物が消えてゆく。 「朝飯食ってないから美味い」  遥翔がハンバーグを半分食べ終わる頃にはピザとチキンとパスタは終わっていた。 「ところでさ…」  汀がやっと手を止めて話を始めてくれた。 「あ、うん」 「昨日高野のこと言ってたじゃん?」  喧嘩の最中に、汀には随分ひどいことを言ったという自覚はある。 「ああ、うんごめんね、人の恋愛に口出した挙句鈍感とか…」 「そうそう、鈍感じゃねえのよ、流石に。気づいてはいるんだよ」  まあそれはそうだろうなとも思う。高野さんの一途な気持ちは随分とストレートだったから。 「でもさ、さっき話したけど俺高校のレベル上げようか迷ってるじゃん。後一年、彼女とかそう言うのにかまけてる場合じゃないなって今は思ってて…よくしてくれてるのも気づいてるんだけど、どうしたらいいかとも思ってる」 「告られてないんだもんね。いきなりそんな気ないとかも変だし、折角色々してくれてるのにもういいってのも言いにくいからね…」 「そうなんだよー。同級生だから1年の時からサッカー部一緒でさ、1年の半年経った辺りからずっとこうで…はる君言う通り周りももう言ってくるしさ、でも告ってくるわけじゃないから、俺の事好きって言うのとは違うのかなとか思うじゃん」  難しい年代ゆえに、高野さんもタイミングを逸しているのかもしれないが…。 「俺もね、似たようなことあったんだよ」  遥翔がナイフとフォークを置いて、ドリンクを一口。 「『受験一緒に頑張ろ♪』なんて言って、いつも一緒にいた女子がいたんだ。お互い苦手なところ教えあったり、図書館とかで一緒に勉強したりさ、したんだけど」  汀も手を止めて聞いている。 「俺の受験推薦だったから、1月に決まったんだ。一般入試より早いだろ?俺はその子にちゃんと一緒の高校は受けないよって話してはいたんだけど、俺が合格したって知ってからその子離れていっちゃってさ、もう手酷いんだよ〜。マル無視でね。彼女の友達にも睨まれるしさあ。俺の友達も、『受験に絡める話じゃないのもわかるけど、ちゃんと話しておかないと〜』なんて言われるしさ…意外と後味悪い卒業だったんだ」  笑ってはいるが、ちょっと可哀想な出来事だ。 「難しい高校だったから、俺が落ちて公立の高校受けると思ってたのかなって思うとちょっと怒りも湧くし…推薦だっつのにね」  友達が言うように、受験校を異性で決めるなんてことはあり得ないが、ちゃんと言ってたつもりが伝わっていなくて、その結果がちょっとしんどかった…とまた笑う。 「だからさ、ほんときちんとしないとだよ、みーくん。女の子難しいわ〜」  再びハンバーグを食べ始め、汀もそれに倣った。 「おっかねえなぁ。向こうの気持ち次第だもんな。まあ誠心誠意応えてくわ」  それしか方法はないのだ。 「所で、食い終わったらどこ行く?」  そう言えばこの先は決めてはいなかった。あ、でも… 「プリ撮るって言ってたね、昨日」 「あ、そうだった!人に見せられないプリだ」 「ひどい言い草だなもう!」  昨日見せた顔が汀にはだいぶツボったらしく、妙な負けず嫌いを発揮している。 「でも汀の変顔期待してるわ」  こちらはクリアなメロンソーダを口にした。

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