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エピローグ
数日後、遥翔はある人と連絡をとった。
『おー、遥翔か。どした?』
相手は、バイト先の自称『大先輩』の丈瑠だ。
「ご無沙汰してます。えと、あの…急なんですけどバイトをやめようと思って…電話しました」
『お?……』
一言言ったまま丈瑠は数秒黙り込んだ。
その沈黙にオロオロした遥翔は
「あ、やっぱり急ですよね、今度店に行って、きちんとオーナーにはなs…」
『汀君と…進展したか?』
遥翔の焦燥をよそに、どこか嬉しそうな声がした。
「え…なんで…」
それには丈瑠もくすくすと笑い、
『ビンゴか〜。こういう仕事やめるっていうやつは、ほぼ98%相手ができたときなんだって』
なんで98%なんだろうと思いながらも、それもそうか!と遥翔はびっくりして上がった肩を下ろす。
『そっか〜よかったな、遥翔。思い悩んでたもんなあ』
本当に丈瑠には、汀に言えない気持ちを吐露してきた。
色々話を聞いてくれて、その時々の遥翔の気持ちを和らげてくれたものだった。
「はい…全部、受け止めてくれました…」
『汀君…男だねえ。あ、それで先に話すけど、バイトを辞めるのは全然構わないんだけど、遥翔に予約が3件入ってるんだよ…悪いんだけどそれだけはやってくれないかな。店の信用もあるしさ。馴染みの人だから安心だろ』
3名の名前を聞かされ、みんな紳士的で身を守る遥翔を認めてくれていた人だ。
「わかりました…。その3人なら辞める挨拶もしたほうがいいし、その仕事はきちんと終わらせます…」
「うん、頼んだ。で、どうなんよ。色々うまく行ってる?」
丈瑠の声音や、約2年ほどの付き合いで判った性格から考えるとその色々って…。
「いえ…そっちはまだ…で…」
遥翔は1転恥ずかしそうに言い淀む。
「あ…の、ですね…今回その件でも…連絡を…」
その声に電話の向こうで少し声の出る笑いが聞こえた。
『あーうん、全部言わなくていい。なんだー可愛いなぁ、くくっ』
なんだか通じたようで安心はしたが、それはそれでまた恥ずかしい。
『いつ付き合い始めたかわかんないけどさ、焦んなくていいんじゃない?』
汀と同じことを言われたな。
「俺も焦っているんじゃないんですけど、『その時』に何も知らないんじゃ…それはどうなのかな…って思って…」
今度は電話の向こうで大きなため息が漏れた。
『ちょっと聞くけど、この電話のこと、遥翔が俺に『ソレ』を相談することを、汀君は知ってるのか?』
声が少し真面目になったから、遥翔も気を引き締めた。
「いえ、言ってないです…まずは俺が知ってから…って」
『ばぁあ〜〜〜〜か』
「へっ?」
急に言われて流石に戸惑う。『何か間違えた?俺』
『お前ね、頭でっかち過ぎ。よく考えろ。もう1人で判断するべきことじゃないんじゃないか?これは。1人で決めていいもんじゃないだろ。汀君 がいることなんだぞ」
それはわかってる。だからまずは…と思ったんだけれど…
『2人で話し合うんだな。俺に色々聞きたいというのも、ちゃんと汀君と話せ。話はそれからだ』
今まで優しかったのに、急に厳しい態度の丈瑠に遥翔は少し戸惑った。
『いいか遥翔。一番難しいと思ってるのは汀君だ。遥翔を傷付けないように、って考えるのは当たり前のことでさ』
大まかな流れだけはわかっている遥翔も、そう言われると納得はできる。俺は汀を受け止めなきゃなんだった…。
『遥翔が1人で暴走して、色々聞きまくって頭でっかちになったところで、汀君にはなんの参考にもならないんだよ』
言われて気付いた。俺、また汀を置いてけぼりにするところだったんだ。と。
ずっと黙り込む遥翔に
『理解できたか?だったらきちんと話し合って、それから俺に聞きにくるならそれでいいし、汀君が嫌だと言ったらそれは無しだ。こういうことは2人で決めることだから』
遥翔はスマホを耳に当てながら、うつむいていた。
『遥翔〜、お〜い』
黙り込んでしまって、丈瑠に呼ばれる。
「はい…また、1人で考えちゃうとこだった。いまは汀もいるのにね」
『そうだぞ。一緒に考えろ。そして頼れ、汀君にな』
「はい…」
神妙にそう答えて、それからは予約の3名の日程を教えてもらい電話を切った。
「はあ…同じこと繰り返すのはおばかさんだ」
今日は落ち込むかもしれない…とは思うが、今度しっかり汀と話そうと思った。
いまはいまで十分満足だけれど、大事なことだし…。
ふと、そんな状況を想像してドキドキしてしまった。
今日は15時から講義がある。それまでには気持ちを切り替えて行こうと立ち上がった。
それから数週間
都内だがちょっと郊外に、汀 のアパートはあった。
独身のサラリーマンが多く学生もちらほらといった感じの、アパートというにはもう少し立派な4階建だ。
駅まで来てもらって、一緒に買い物をして帰ってきたが、4階建てなのにここにはエレベーターがなかった。汀の部屋は最上階の4階だ。
「これだけが…はぁはぁ…ここの難点なんだよなあ〜ああ〜キッツイ」
2階から3階までの踊り場で、遥翔はいつも根をあげる。
「ほらほら、押してやるから頑張れ」
遥翔の後ろで背中を押してやりながら、汀は余裕そうだ。
「もう〜〜スポーツマンはこれだから〜〜!どうせ鍛えられる〜♪なんて理由で選んだんだろ」
ゼエゼエ言いながらやっと4階にたどり着き、息を切らせながら文句をいう。
「その通り。しかもこのせいで家賃も安いんだよ。一石二鳥じゃね?」
鍵をクルクルして、3件並ぶ1番奥の部屋へ向かう背中に、脳筋め〜と最後の恨み節を言って遥翔も続いた。
遥翔はもう何度かここにも遊びに来ており、部屋へ入ると真っ先に窓に向かっていって景色を眺める
「ここにたどり着くまできついけど、この景色は好きなんだよね〜」
と今日もカーテンを開けて、ついでに窓も開ける。
「いつも言ってるよな、そんなにいいかあ?」
買ってきた夕飯の食材を冷蔵庫にしまいながら、汀は首を傾げた。
住宅街なので高い建物はなく、流石に地平線までは見えないが、この窓からは実は小さくはあるがスカイツリーも見えるのだ。それが遥翔のお気に入り。
GW直前にしては今日は涼しくて、窓を開けると風が入り込んで気持ちがいい。
汀が戻ったタイミングで、遥翔もラグの上のテーブルに着き、渡されたハーゲンダッツを前においた。
「この部屋は、汀と近くに居られるから好きだよ。俺の家だとなん〜か距離感じる」
そんなことを言っている遥翔だが、どこにいてもいつだって汀の隣にいるのも遥翔だった。
あれから数週間が経っても、2人は相変わらずの関係で今はそれで十分満足だと話している。
が、遥翔は先走って丈瑠に相談をしかけてしまった。そのことはきちんと話したい。
「バイトのことなんだけどね」
まずは軽いところから。
ハーゲンダッツ抹茶味の中蓋ビニールを取って、蓋におく。
「うん、大丈夫だった?」
汀はソフトクリーム状のアイスに豪快に噛み付いている。
「丈瑠さんに電話して、辞めること伝えたんだけど、仕事はね予約が3件あるんだって。断るとお店の信用にも関わるから……ごめんね、3名だけ最後の仕事になっちゃった」
3名も予約が…なんだなんだ?遥翔は人気あるんじゃないのか?大丈夫なのか?などと別の問題が汀の中で浮上する。
しかし内容は聞いていたし、食事と楽しい会話なら…まあ…。嫌だけど仕方ない。
『仕事』なんだし…と苦い顔をしながらも汀は渋々了承するしかなかった。
「俺、付いてって店の片隅で1人で飯食おうかなと思ったことあったけど、遥翔の話聞くとホテルのレストランだったり、フレンチの店だったりで、俺には敷居が高過ぎたわ。頑張って『最後の』仕事終わらせよう」
『最後』を強調したのは、半分納得していない表れだろうが、そんな汀をかわいいなあ〜と思いながら、遥翔は抹茶アイスにスプーンを入れた。
「で、さあ…」
こういう話の遥翔の続き話は、以外と警戒することを汀は覚えた。
「なによ…」
アイスをペロリと舐めて、言いにくそうな遥翔を目だけで見つめる。
「俺ね、んっとね…丈瑠さんにさ…聞いちゃったんだ」
ん?と眉をしかめ
「何を?」
と聞くしかない。
「えっと…おとこどうし…の…」
舐めてるのがめんどくさいとガブリとアイスをかじった瞬間にそう言われ、吹き出す前に冷たい塊を飲み込んでしまった汀は、胸を叩いて咳込んだ。
「あ、ごめん!驚くよねごめん!」
背中を一緒に叩いてあげながら、手元のお茶も開けてやり手渡した。
「なに…言い出すかとおもえば…ゲホッ」
むせ返ってしまい、声が出ない。
「うん、本当にごめんね。でも丈瑠さんに怒られちゃった」
遥翔はお茶を受け取ってキャップをしながら、両手をテーブルにおいた。
「怒られた?」
まだカスカスの声ではあったが、胸を叩きながら遥翔に目を向ける。
「うん…そういうことは、汀君と相談しなさいって…自分に聞いてくるのも相談してから…って」
冷たいものがいきなり入ってきた食道の痛みも収まってきて、汀はその言葉に頷くしかなかった。
「丈瑠さんって、いい人だな」
手が止まった遥翔に食いな、と促して、自分もまたペロリと一舐め。
「遥翔、丈瑠さんのいう通りだ。不安なのは俺もだし。焦ってなくても、気持ちの何処かには…うん、そういう気持ちなくはないしな」
苦笑しながらアイスを見つめた。
「でもやっぱり、俺を頼って欲しいよ。頼り甲斐はないけどさ、一緒に進もう」
遥翔は頷いてアイスを口に入れた。抹茶の苦味がいまの心情だ。
「おれもさー、色々見たり調べたりしちゃってるからそこは何も言えねーけど」
汀はたはは、と声をあげ、溶けて落ちそうなクリームを舐め上げる。
「汀…そういうの見てる…んだ」
逆に驚かれて胸が痛む。
「みるよ…勉強だと思って…でもなんの勉強にもならなかった」
だって遥翔じゃなかったし…と言われ、遥翔の頬も赤らんでしまった。
汀はテーブルに垂直に向きを変えてから
「遥翔、こっちきて」
両手を広げて、おいでをする。片手にはアイスを持ったままだけど。
「ん…」
と、遥翔も這って汀の腕の中に収まった。
「アイス大丈夫?」
「大丈夫。アイスも遥翔も落とさない」
言いながらキスをする。軽いキス。
「最初のキスはガリガリ君ソーダ味だったけど、今はダッツの抹茶だな」
ペロリと唇を舐める汀に、『もう』!ともう今度は遥翔からキスをする。
「俺は、今はこれで大満足なんだけどなー」
持っていたアイスを遥翔の口元へ守ってきて、お互いが向かい合って齧った。
そしてまたキス。
「おんなじ味」
遥翔がそう笑い、汀も
「同じ味も嬉しい」
2人はそれ以上は進展しないとわかっているキスを、遥翔のアイスが溶けきらないうちにやめないとなと思いながらも続けていた。
窓から初夏の風が吹き込んで、遠くで飛行機の音がする。
中学の時に川で見た木立の葉の隙から見えた飛行機が思い起こされた。
高い木のてっぺんのゆれる葉。その隙間を通り過ぎる飛行機、追いかけてくる音。
2人の目があい、きっと同じことを思い出してるのに気づき目を細め、そのままつむってまたキスをした。
この思い出は永遠に2人だけのものだから。
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