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第五章 ショコラを作る手、甘味店《ショコラトリエ・アルセリア》、開店!5
***
ある日の昼下がり、ショコラトリエの仕込みが一段落したころ、僕は小さく深呼吸した。
(――よし。今日はちゃんと“挨拶”しに行こう)
リオンには内緒で、こっそり騎士団本部へ向かった。リオンは副団長という立場上、日頃から本当に忙しくて、無理をして僕の店に手伝いに来てくれることも多い。一度ちゃんと、上司の団長にお礼を言わなくちゃと思っていた。
手土産のチョコ持参で石畳の道を歩いて本部に着くと、扉を守る騎士たちが僕を見るなり硬直した。
「しょ、ショコラトリエの」
「副団長殿の“特別な方”」
(――あれ、なんかすごい扱いになってる?)
ざわざわしつつも案内され、団長室へ通された。
そして対面した団長――ラディス団長は、噂通りの頭脳派の方だった。落ち着いた雰囲気で、眼鏡越しの視線は鋭いけれど、どこか穏やかさがある。
「真琴殿、うちの副団長が世話になっている」
「こちらこそ、いつもリオンに助けてもらっていて……ありがとうございます! こちらお店で出してるチョコになります。どうぞ召し上がってください」
僕が深く頭を下げながら手土産をテーブルに置くと、団長はふっと目元を緩めた。
「気を遣わせて済まない。店での副団長はどうだろう? 彼は優秀だし、王都一の戦力だからね」
「わかります! 本当にすごい人で」
団長は、とても微笑ましいものを見たような眼差しを僕に向けた。
「ふふ。副団長が“そこまで誰かに慕われている姿”を見るのは初めてだよ」
「えっ?」
「彼は真面目で不器用な男だ。普段は剣と任務以外には、まるで興味がなかった。ところが――」
団長は椅子を少し傾け、楽しそうに言う。
「“君の話だけは別”みたいでね、ふふっ」
「そうなんですか?」
「差し入れの菓子の話や店でのトラブル、君が笑っただの照れただの。毎日のように、実に細かく報告してくれるんだよ」
(……恥ずかしいのに、嫌じゃない。むしろ、少し誇らしい)
「り、リオンが?」
「そう。彼は“好きな者のことは、全て把握したい”タイプなんだろう」
(好きな者……)
胸が熱くて頭が真っ白になりかけた、その時。
――ガチャッ!
「団長、失礼します。先ほど頼まれていた――」
扉を開けたリオンが、僕を見て固まった。明らかに、見てはいけない現場を見ちゃった表情だった。
「……真琴?」
「り、リオン!」
団長がにこやかに言う。
「ちょうど、君の話をしていたところだ」
「だ、団長?」
リオンの顔がわかりやすく青ざめる。
「真琴殿が、日頃の礼だと挨拶に来てくれてね。君が“毎日真琴殿のことを嬉しそうに語っている”って、なるほどと思ったよ」
「やめてください団長ぉぉっ……!」
リオンの悲鳴レベルの声が本部に響いた。
(――リ、リオン?)
いつもの最強騎士じゃない。騎士団副団長の威厳は今どこへ。顔だけじゃなく耳まで真っ赤に染めて、僕を見つめている。
「ま、真琴……」
しかも、ものすごく声が震えていた。
「その……これは誤解で!」
「え?」
「嘘じゃないけど! ちが……いや違わないが! くっ……団長! 本当に!」
(違わない、って言った。……それでいい)
思わず、頬が緩んでしまう。
「私は事実を言ったまでだよ」
「真実だけ言うの、やめてくださいッ!」
リオンが本気で涙目になっている。
(かわい……じゃなくて、申し訳ない!)
僕は迷うことなく、リオンに一歩近づいた。
「リオン。僕、ちゃんとお礼が言いたかっただけで……怒ってないよ?」
「怒って……ない?」
リオンの肩が、すっと落ちた。それは安堵しすぎて、膝が折れそうな勢いに見える。
団長は眼鏡を押し上げ、軽く微笑んだ。
「真琴殿。副団長は、君の話になるとこうして取り乱す。この姿を見てわかるだろう?」
「あ、はい。わかります」
「団長ぉぉぉぉぉ!」
リオンは顔を覆って、その場にうずくまった。
帰り道。リオンは僕の横で、死んだ魚みたいな目になっていた。
「真琴、今日は……すまない」
「なんで謝るの?」
「団長があんな……暴露を――」
「僕、嬉しかったよ」
「……っ」
不意にリオンが足を止める。
「真琴!」
嬉しそうな声をあげた彼が、勢いよく僕の体を抱きしめた。
「団長の前で……あんなふうに君が笑ったら、もうどうしたらいいのかわからなくなる」
「リオン?」
「真琴。団長にも団員にも……君が私にとってどれほど大事か、それを知られるのは……」
リオンは一瞬だけ迷った後に、強く言った。
「正直恥ずかしい。恥ずかしいが嬉しい!」
耳まで真っ赤なままの告白を聞いて、自然と口角があがった。
(あ……もうだめだ。リオンがかわいすぎる!)
僕はそっとリオンの大きな背に手を添え、笑いながら告げる。
「僕は、リオンの話を団長が聞いてくれていて嬉しかったよ」
「真琴!」
痛いくらいに、さらに抱きしめられた。
団長の前では盛大に事故ったけど――今日も最強騎士の威厳は、僕の前でだけ溶けていくのだった。
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