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第五章 ショコラを作る手、甘味店《ショコラトリエ・アルセリア》、開店!6

***  団長室での“真琴と団長の遭遇事故”から翌朝。私はまだ布団の中で悶えていた。 (団長は余計なことを……ああああああ……ッ!)  団長の言葉が脳内でリピートされる。 『副団長は、毎日真琴殿のことを嬉しそうに語っている』 『真琴殿。副団長は、君の話になるとこうして取り乱す。この姿を見てわかるだろう?』 (あんなふうに真琴に暴露されて、私は死んだ方がマシなのでは……?)  そんな状態で出勤した私を、団員たちが妙な目で見ていた。  朝礼。団長が、いつものように落ち着いた声で言った。 「今日の議題は三つ。一つ目は南地区の魔獣対策。二つ目、城門の補修計画。三つ目――」  団員全員がメモを構える。 (よし、いつもの仕事だ……)  団長は、なぜかにっこり微笑んだ。 「“副団長リオン殿の恋愛情勢”だ」 「団長おおおおおお!」  私の絶叫に、広間が爆発した。 「やっぱり恋してたんですか副団長!」 「お相手は、やはりショコラトリエの――」 「最近、やたら甘い匂いがすると思ってたんだよ」 「任務帰りの顔が、妙にやわらかい理由がそれか!」 「やめろ! 全員黙れ!  団長も!」  団長は咳払いして続ける。 「なお、第三議題は王国公式ではない。しかし“団として士気に関わる事案”と私が判断した」 (――そんなの、余計な判断すぎる!)  団長が意味深な面持ちで、私を見ながら続けた。 「ではまず、真琴殿との交際状況を――」 「交際していない!」  実際のところ相思相愛で付き合っているのだが、この場でそれを披露するのはどう考えても愚策だ。 「では“交際前だが副団長の方は本気”という理解でいいね」 「違うとは……言えないが……違う……いや違わないが……」  団員たちがどよめく。 「ほら見ろ!」 「副団長がしどろもどろになるなんて、初めてだ!」 「真琴殿の前かよ~~~!」  顔が熱で焼ける私を見て団長は楽しそうに指を組み、わざとらしく言う。 「副団長。君は“真琴殿の話をするときだけ語彙が変になる”と評判だが?」 「団長……それ以上は!」 「ちなみに昨日、真琴殿は君に怒っていないと言っていたじゃないか」 (恥をかくくらいなら、いくらでも私が引き受ける。真琴が笑ってくれるなら、騎士の威厳など安いものだ)  そんなことを考えながら、胸の奥が熱くなる。しかも団長は、その様子を逃さない。 「ほう、顔が赤いね。これが“恋に落ちた最強騎士”か」 「団長! やめ……」  この場にいる団員たちは、もう大騒ぎする。 「副団長が照れた!」 「こんな希少な場面、生きてるうちに見れるなんて……」 「拝んどこ……」 「ありがとうございます団長!」 (あぁ……帰りたい)  がっくりと項垂れる私を無視して、団長は締めくくった。 「では本件、今後も定期的に進捗報告を求める。副団長が正式に真琴殿と交際を開始した際は――」  団員たちの視線が一点に集中する。 「――王国騎士団として、盛大に祝賀会を開こう」 「開くなあああああああ!」  団員たちは歓声をあげた。 「副団長と真琴殿のためなら、いくらでも金を出す!」 「団の名誉だ!」 「主役席は真琴殿と隣同士で!」 「いやもう結婚式か!」  そこに、団長が追い打ちをかける。 「真琴殿は、実に良い子だったよ。君のどこが好きなのか、今度本人に聞いておこう」 「ま、待ってください。それ、絶対に聞かないでくださいっ!」 「ふむ。“聞かれたら困る答え”なのかな?」 「団長おおおおおおお!」  今日、私は何度叫ぶのだろう。  終礼後、私は机に突っ伏した。 (――ああ、もう……だめだ)  力が抜けきり、背中を丸める私に団員がそっと声をかける。 「副団長……落ち込んでます?」 「私はもう終わりだ……」 「その……真琴殿、今日も来ると思いますよ?」 「は?」  顔が一瞬で熱くなる。 (真琴が……来る……のか?)  慌てて顔を上げた私に、団員は苦笑する。 「副団長。恋は羞恥に耐えた者が勝つんです」 「黙れ」 「でも、本当に幸せそうですよ」  私は返せなかった。幸せなのは、否定できなかったから。いつからだ。こんなふうに“幸せ”を基準にしてしまったのは。

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