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番外編 リオンの嫉妬騒ぎ

 その日は、街の中心で開かれている小さな市に、ひとりで買い物に来ていた。  リオンは仕事で王城に詰めているし、今日くらいは自分で食材を選んで、何か彼の好きな料理でも作ってあげよう――なんて考えていた矢先。 「……あれ? 真琴さんじゃないですか!」  声をかけてきたのは、以前に香辛料を分けてくれた青年商人だった。年も近く、笑顔が明るい。  彼は袋いっぱいの香草を抱えながら、気さくに話しかけてきた。 「今日も料理ですか? あ、よかったら新しく仕入れた香草と珍しい野菜、試してみません?」 「えっ、いいんですか? でもその……タダでいただくのは」 「いえいえ! 真琴さんには、前にも助けてもらいましたし。味見がてらにどうぞ!」  どこか人懐っこくて、ありがたいけれどくすぐったい。  そのまま市場の端で、香草と珍しい野菜の説明を受けていると背筋がひやりとする。何か“影”のようなものが、後ろに落ちた気がした。 「……真琴」 「ひっ!?」  振り返ると、そこにはリオンがいた。金糸のような髪が陽を反射して、いつもより冷たい。表情は穏やか……のはずなのに、目が笑っていなかった。 「あ、リオン……? 仕事は?」 「終わった」  その声は静かで、けれど微妙に――低い。  青年商人があからさまに怯えた表情で、そっと距離を空けた。 「あ、あの……! 騎士様……ご、ご一緒でしたか? 私はもう失礼しますので!」 「いや、別に。気にするな。真琴が迷惑をかけたわけではないだろう」  言葉だけ見れば紳士なのに、声の温度がまるで氷のように冷たい。  青年は生き延びる本能で察したのか、「で、ではまた!」と市場の喧騒に逃げ込んでいった。 (……え? 今の……なんでこんなに圧かけた?)  リオンは、ふぅっと息を吐き、ぐいっと僕の腰を引き寄せた。 「……真琴」 「な、なに?」 「なぜ他の男と、あんなに楽しげに話している?」 「えっ……? お世話になってる商人さんで、料理に使う香草と野菜の説明を――」 「知っている。彼は商品の説明をしていた。だが、近い」  リオンの指が、僕の腰をしっかりと掴んでいる。普段は慎ましいのに、こういうときだけ強引になる。 「真琴は無自覚すぎる。……あれでは、勘違いされる」 「え、いや、そんな!」 「笑っていた」 「え?」 「真琴が……他の男に向けて、あれほど柔らかく笑う必要はない」  嫉妬だった。あの完璧な騎士が子どもみたいに唇を尖らせて、むすっとしている。僕は驚き半分、恥ずかしさ半分で、少しだけ彼の袖を引いた。 「リオン……怒ってるの?」 「怒ってはいない。ただ……」  言葉を探すように、視線が彷徨う。そして、ぽつりと落ちた。 「……嫌だった」  その小さな声が、胸に刺さる。 「真琴が……誰かに取られそうな気がした」 (これ、完全に嫉妬だ。しかも、普段見せない脆さが混じっている)  俺はそっと、腰を抱く彼の手を握り返した。 「……誰にも取られませんよ。リオンがいるのに」 「…………」  リオンの耳が、ほんのり赤くなった。  大男の騎士が子犬みたいにしゅんとしながら、それでも僕の手を離さず、むしろぎゅっと強く握り返してくる。 「真琴」 「はい?」 「……帰るまで、手を離さない」 「えっ、でも荷物――」 「荷物は私が持つ。真琴はそのまま、私だけを見ていればいい」 「……はいはい、騎士様」  からかうとリオンは顔を背け、でも耳だけ真っ赤になっていった。  帰り道はずっと、彼の指先は少し震えていた。嫉妬で不安になっていた証拠だ。そんな姿がやけにかわいくて、愛しくて。僕はそっと彼の腕に寄りかかった。  するとリオンはびくっと震え――。 「……明日は休みだ。真琴と、ずっと一緒にいる」  宣言するみたいに言ってきた。  やっぱりかわいすぎる、この騎士。 ***  今日、僕は死ぬかと思った。いや、正確には“死ぬ未来が一瞬見えた”と言ったほうがいい。だって王国最強の騎士様が、笑っていない目でこっちを見ていたんだ。  ことの発端は、いつものように店先に香草を並べていたときだ。見知った顔が人混みから現れた。 「あれ? 真琴さんじゃないですか!」  異国から来たという若い菓子職人。去年の祝祭で国王陛下をうならせた“あの甘味”の作り手だった。  市では人気者で話しかけやすく、何より全然気取らない。僕なんかにも、気さくに笑いかけてくれる。  ――そこでだ。僕は“軽い気持ちで”声をかけただけ。 「新しく仕入れた香草と珍しい野菜、試してみません?」  もちろん営業だよ営業! 試供品を渡して感想を聞く、普通のビジネス!  それなのに、その場の空気が急に冬の倉庫みたいに冷えた。背後から、“何か”が近づいてくる気配。ふたりで振り返った瞬間――金髪の騎士様がそこに立っていた。  しかも、“にっこり笑っているのに目が笑っていない”タイプのやつ。 「真琴」 「ひっ⁉」  いや、僕じゃない。叫んだのは僕じゃない。たぶん心が叫んだだけだ。  だって騎士様、明らかに真琴さんの隣に立つ男を値踏みしてる目だった。しかも、なんか距離感が近い。何気に真琴さんの腰に手を回してる。 (あれ? これ……夫婦? 恋人? え、どっちにしろ僕、邪魔じゃない?) 「私はもう失礼しますので!」  全力で逃げようとしたら、騎士様がやけに落ち着いた声で言った。 「気にするな。真琴が迷惑をかけたわけではない」  違う、騎士様。脅されてるのは僕です。あの低い声、絶対“二度と近づくな”って圧が混ざってた。  案の定、真琴さんは市場のざわめきに紛れて逃走。 (あ、あれは……騎士様に連れて行かれるやつだ)  そう、騎士様は真琴さんの腰に手を回したまま、ずるずると“連行”していった。  自分の店先から、見送りつつ思った。 (よかった……僕、まだ生きてる!)  膝が震えて、しばらく店の裏でへたり込んでしまったほどだ。  でもその日の夕方、同業の知り合いが言った。 「金髪の騎士様がさ、“今日は真琴といる”って言いながら、甘い顔して歩いてたぞ?」  ……うん。あの騎士様、多分めちゃくちゃ真琴さんが好きなんだ。というか、あれだけ分かりやすい嫉妬ってある?  明日から僕、真琴さんに話しかけるときは、五歩は距離を取ろうと決めた。だって命は大事だ。

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