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番外編 他国が真琴をスカウトして大騒ぎになる

 アルセリア王国が発した布告は、あまりにも異様だった。 『清水真琴は国家宝級の貴人。副団長リオン・ヴァルハートの生存に必須の人物である』  甘い。というより、率直すぎる。だが問題は、その文章が正式な外交文書として整えられ、各国へ回ってしまったことだった。  王印付き、否定不能。そして世界は、盛大に勘違いをした。最初に声を上げたのは、周辺国の一つだった。 「……王国最強騎士の副団長の命を救う? そんな重要人物が“菓子職人”だと?」  別の国では、書簡を読んだ王子が椅子から立ち上がった。 「“ショコラ・ド・アルセリア”を国王自ら絶賛……だと……? これは我が国でも召し上がっていただかねば!」  さらに別の国では、宰相が静かに呟いた。 「その人物を|招聘《しょうへい》できれば……国威は跳ね上がる……」  こうして、世界は一つの結論に辿り着く。真琴=とんでもない奇跡を起こす菓子職人――王国最強騎士を従わせる、恐ろしいほどの美貌と力を持つ貴人。※全部ちがう。  数日後。騎士団本部に、血相を変えた使者が飛び込んできた。 「だ、団長殿ッ! 他国からの特使が……!! 至急、真琴殿に謁見を求めております!!」  団長は書類を閉じ、静かに言った。 「ついに来たか」 「……は?」  隣にいたリオンが、間の抜けた声を出す。 「お前のせいだぞ」 「なにがだ!!!」  団長は淡々と説明した。 「他国がな、“真琴殿を自国にスカウトしたい”そうだ」 「……………………は???」  声が完全に裏返った。  王宮の謁見室。緊張しながら入室した真琴の前に、三か国の特使がずらりと並んでいた。 「アルセリアの真琴殿。あなたを我が国の宮廷菓子職人としてお迎えしたい」 「いや、我が国こそ! 最高級待遇と広大な厨房を用意しております!」 「魔法菓子研究の予算を無制限に出す用意があります」 「え、えええええ!!」  その瞬間だった。真琴の前に影が落ちる。リオンが、ほぼ反射で立ち塞がっていた。その速度、約〇・二秒。 「真琴を……どこへ連れて行くつもりだ?」 「い、いえ、ただのスカウ――」 「帰れ」  低く抑えた声が、謁見室の空気を震わせた。苦笑いした王が呟く。 「あー、始まったな……」  口の端を歪めた団長は、思いっきり目を逸らした。 (――うん、これは止まらん)  特使たちは、完全に青ざめていた。小声で、ひそひそと話し始める。 「副団長……真琴殿への執着が……」 「これが“命を救われた代償”?」 「真琴殿は、王国最強騎士の副団長を従わせるほどの存在?」 「ち、違いますっ!!」  真琴が慌てて否定する。だが横から「違わない」とリオンが平然と言うものだから、誤解はさらに深まった。  王は玉座にふんぞり返り、完全に面白がっていた。 「真琴はこの国の宝であり──副団長リオンの心臓だ。他国へ渡すつもりはない」 「し、心臓?」 「そんな重要人物なら、早く言ってください!」 「王国ごと敵に回すところでした!」 (――言わないで、その表現!)  真琴の内心の悲鳴など、王は気にも留めない。 「そなたらがどう願おうと真琴はこの国、そしてリオンの傍にある」  リオンは耳まで真っ赤だった。真琴も、恥ずかしさに視線を彷徨わせる。 (……嬉しいけど……これは……)  特使たちは帰り際、深く礼をした。 「真琴殿……どうか、リオン殿を大切に」 「どうか……彼の命をお守りください」 「あなたは……国を超える価値がある!」 「だから、そんなふうに重く言わないでください~~!!」  真琴の叫びは、誰にも届かなかった。  その夜。家に帰った途端、リオンが真琴を抱きしめる。 「真琴……」 「な、なに?」  抱きしめる太い二の腕が震えている。 「……他国に……取られるかと思った」  これはもう、抱きしめ返すしかない。 「僕はどこにも行かないよ」 「……本当に?」 「うん」  その一言で、リオンの力が抜けた。 「……もう……国も……世界も……どうでもいい……真琴がいれば……」  ――限界突破。その夜、副団長は徹底的に甘やかされ、完全復活を遂げた。  翌日、各国へ新たな王の声明が届く。 『真琴は副団長の心臓であり国家の至宝であるため、国外移送は禁止とする』  世界中が震えた。そして各国は、同じ感想を抱いた。  ――恋の力、強すぎる。  アルセリア王国は、今日も平和である。副団長の心拍が、菓子職人ひとりに完全管理されていることを除けば。

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