48 / 50

番外編 自己分析と団長に抗議!

 ……重い。自分でも分かっている。真琴を腕に閉じ込めたまま、動かさない。離す気もない。離れる理由もない。  ――私は重い男だ。  真琴の言葉が、まだ胸に残っている。 「リオンが重いの、嫌いじゃない」  その一言で、何が起きたか……終わった。私の中で、最後の歯止めが外れた。  真琴は眠そうに、私の胸に額を預けている。無防備で警戒ゼロ。私に対する信頼100%……これは危険すぎる。 (真琴は……自分がどれほど、私を壊しているか分かっていない)  抱き寄せる腕に、無意識に力がこもる。 「……リオン?」  不安そうに名前を呼ばれる。 (――しまった)  私はすぐに力を緩め、低く言う。 「……すまない」 「え? どうしたの?」  ――違う。本当は、謝る理由なんてない。ただこれ以上強く抱いたら、彼の逃げ道を完全に塞いでしまうと分かっているだけだ。  私は、静かに自分を分析する。昨日までの私は、こうだった。  守る、隠す、近づけさせない  だが今は、違う。  ――囲いたい。国がどうとか。護衛がどうとか。全部が後付けだ。真琴がここにいて、私の腕の中で息をしている。それだけで十分なのに、それ以上を欲しがっている。 「……真琴」 「なに?」  答える声が柔らかすぎて、否応なしに胸が痛む。 「……私が重いのは」 「うん?」 「分かっているか」  真琴は少し考えてから、首を傾げた。 「……たぶん?」  ――ああ。“たぶん”で許してしまうところが、かなり危険だ。 「……自覚している」 「え?」 「私は、真琴を」  少しだけ言葉を選ぶ。 「……手放す気が、最初からない」  真琴の指が、私の服をぎゅっと掴む。 「……うん」  否定しない上に逃げない。しかも素直に受け入れる――最悪だ。 「だからな」  私は、額を真琴の髪に当てる。 「これから、もっと重くなる」 「えっ?」 「覚悟しろ」 「ちょ、ちょっと待って?」  声は焦っているのに、体は離れようとしない……知っている。真琴はこういう時、あえて逃げない。 「独占する」 「えっ」 「隠す」 「えっ」 「選ばせない」 「えっ」  真琴の耳元で、一つずつ低く告げる。忘れられないように――いつでも思い出せるように。 「私以外を選ぶ理由を」 「……」 「考えさせない」  真琴の顔が、みるみる赤くなる。 「リオン……それ、相当重いよ……」  ――来た。  私は、確信を持って答える。 「自覚している」 「……」 「その上でだ」  自分よりも華奢な身体を抱きしめ直す。逃げ道は、もうない。 「……嫌か?」  ほんの少しだけ、怖くなって聞く。真琴は、しばらく黙ってから。小さく、でもはっきり言った。 「……嫌だったら」 「……」 「ここにいないよ」  ――完全に負けた。  私は、深く息を吐く。 「……真琴」 「なに?」 「私を甘やかすな」 「え?」 「重くなる」 「もうなってるよ!」 「もっとだ」  そう言うと、真琴はくすぐったそうに笑った。 「大丈夫だよ」 「何がだ?」 「重いリオン、僕は好きだから」  ……ああ。これはもう。守るとか護衛とか、そんな段階じゃない。捕まったのは、間違いなく私の方だ。  私は、決定事項として宣言する。 「……いいか」 「うん」 「私が重いのは、全部君のせいだ」 「えぇ……」 「責任を取れ」 「どうやって?」 「一生、隣にいろ」  真琴は、観念したみたいに小さく頷いた。 「……それくらいなら」  その瞬間、胸の奥が満たされる。  ああ、やっぱり私は重い。自覚した上で誰よりも深く、真琴を囲い込む男だ。  ――それでいい。 ***  朝だ……最悪なほどよく眠れた。理由は分かっている。真琴が私の腕の中で一晩中、無防備に眠っていたからだ。  離れる気配もなく、逃げる様子もなく。時折、私の服を掴んだまま体を寄せる。  ――かわいすぎる。  その代償として、私の中で何かが完全に壊れた。具体的には、団長に対する理性だ。  騎士団本部。朝の空気は清々しい……私の殺意がなければ、だが。  私は報告書を脇に抱え、団長室の扉を強く叩いた。 「失礼する」 「おう、副団長。顔が怖いぞ」  開口一番、それか。 「報告があります」 「ほう。研修の成果か?」  ――成果?  私は椅子に座らず、立ったまま報告する。 「結論から言います」 「おう」 「あの研修は、二度とやらせません」  団長は一瞬、目を瞬かせてからニヤリと笑った。メガネの奥の瞳が、面白いものを見るように輝く。 「効果抜群だっただろ?」 「殺します」  怒気を込めて低く言うと、団長は慣れた様子で肩をすくめた。 「物騒だなぁ。ちなみに、護衛の心得は?」 「心得より先に、私の精神が死にました」  団長に事実を突きつけてやるべく、流暢に説明する。 「まず申し上げます」  私は一息つく。 「真琴を“講師”として晒すのは、拷問です」 「誰の?」 「私の!」  団長がプッと吹き出した。 「ははっ、だろうな」 「笑わないでください」  机を叩きたい衝動を、全力で抑える。 「団員が真琴に向ける視線」 「ほう」 「真琴が無自覚に見せる反応」 「ほうほう」 「それを見せつけられる私」  呑気な顔した団長を睨みながら告げる。 「すべてが地獄です」  団長は顎に手を当て、満足げに頷いた。 「つまり?」 「私以外の男に見せる必要はない」 「出たな独占欲」 「否定しません。さらに言えば」  私は低い声で続ける。 「真琴は“護衛対象”として扱うには、危険すぎる」 「危険?」 「全てがかわいすぎる」  団長が盛大に吹き出した。 「副団長、言語能力どうした」 「正常です。だからこそ断言できます」  私は一歩、机に近づく。 「真琴は、人の理性を壊します」 「うん」 「笑顔、声、距離感、触れられた時の反応」 「うんうん」 「すべてが致命的です」  団長はメモを取る素振りまで見せた。 「参考になるな」 「参考にしないでください。そこで結論ですが」  私は真っ直ぐ団長を見る。見るというよりも睨んでみせた。 「今後、真琴に関する研修は、私の立ち会いなしでは禁止」 「ほう」 「接触訓練は全面中止」 「それは困るな」 「代替案があります」  団長が意味深に眉を上げる。 「接触するのは私だけ」 「却下」 「殺しますよ」 「却下だ」 (……この人、本当に)  沈黙が落ちる。団長はしばらく私を見てから、ふっと真顔になった。 「なあ、リオン」 「……なんです」 「昨日、真琴殿はどうだった?」  その問いに、即答できた。 「不安そうでした」 「だろうな」  団長は胸の前に腕を組み、ゆったりと椅子にもたれかかる。 「でも、最後は?」 「……私を選びました」  声が、少しだけ柔らぐ。 「そうだろ」  団長は、なぜか小さく笑った。 「ならいい」 「……は?」 「護衛としては最悪だが」  目の前で肩をすくめる。 「恋人としては、満点だ。ただし――」  団長が指を立てる。 「覚悟しろ」 「何のです」 「真琴殿はな」  メガネのフレームを上げながら、意味深に微笑む。 「これから、もっと注目される」 「……」 「それを全部跳ね返せるか?」 「当然です」  恋人として、即答するのは当然だ。 「命に代えても?」 「真琴のためなら」  団長は満足そうに頷いた。 「よし」 「よし、じゃない」  立ち去り際、私は最後に言った。 「団長」 「ん?」 「次に“抱きとめた時の反応”研修をやったら」  言いながら振り返る。 「本当に殺します」  団長は笑顔で手を振った。 「期待してるぞ」 「期待するな!」  廊下を歩きつつ、私は深く息を吐いた。団長とのやり取りは、本当に疲れる。だからこそ、早く帰りたい。真琴のところへ。今朝、眠そうに笑って「お仕事、気をつけてね」と言った顔が、頭から離れない。  ――守る。何があっても。国でも、世界でも、団長でも。  真琴は、私のものだ!

ともだちにシェアしよう!