49 / 50
番外編 末期の行方
その日の朝、私は非常に機嫌が良かった。理由は単純だ。
真琴が、私の重さを受け入れてくれている……いや、正確には受け入れている自覚すらないまま、逃げていない。これがどれほど危険で、どれほど尊いか。分かっていないのは本人だけだ。
「副団長、報告書を持ってきた。確認してくれ」
団長が、書類を机に置く。私は受け取りながら、真琴の方を見る。今も少し離れた席で、私の仕事を手伝うために作業中。
(私の視界にいて、呼吸している。よし……完璧だ!)
「……副団長」
団長が、妙に静かな声を出した。
「はい」
「最近」
じっと私の顔を見つめる。
「お前、落ち着いているな」
「はい」
正確には、真琴が視界にいる限り安定している。
団長は腕を組み、少し考え込むように唸った。
「なあ、副団長」
「はい」
「お前、夜はちゃんと寝ているか?」
「真琴が一緒な――」
「はいアウト!」
なぜか即座に遮られた。
「あーあ、聞くまでもなかった」
何が問題なのか分からない。
「団長?」
「黙れ!」
団長は深く息を吸い大きく吐いた。呆れ果てたと言わんばかりに、白い目で私を凝視する。
「副団長について最近の報告が、たくさんあがっている」
私の前に利き手を見せて、わざわざ指を折り始めた。
「真琴が別室に行くと不機嫌。他国の騎士が真琴に距離を詰めると殺気。“重い”と言われて嬉しそう。抱き締めたまま離さない。“守る権利”を自分のものだと公言」
ああ……全て正確だ。
「それの、何か問題でも?」
団長がすごく嫌そうな表情をして、頭を抱えた。
「問題しかない。副団長」
「はい」
「お前、自覚はあるか?」
「重いことですか?」
「あるんだな」
「はい。末期です!」
団長は、しばらく黙った。
不意に真琴を見る。真琴は、こちらに気づいて小さく手を振った。私は、無意識に口元を緩める。その瞬間、室内に大きな溜息が漏れ出る音が響いた。
「はああぁ、副団長……お前、もうダメだ」
団長が、完全に悟った声を出した。
「?」
「副団長」
真顔で言う。
「もう結婚しろ」
「……はい?」
「今すぐじゃなくていい。だが近いうちにだ。じゃないと」
私に向かって指を差す。
「お前が業務中に、“真琴不足”で暴走する未来が見える!」
「しません」
「もうしてる。それにだ」
団長は声を落とす。
「真琴もだ」
「……?」
「王国最強騎士を“重くてかわいい”とか思い始めた時点で、もう逃げ場はない」
(ああ……それは私にとって、最高の情報だ)
「団長」
私は、真剣に言った。
「私は、本気です」
「知ってる、怖いくらいにな」
「一生、守ります。逃がしません。離しません」
「言い切るな!!」
団長は、机を叩いて立ち上がった。
「いいか副団長、私はな! お前が真琴殿を溺愛してるのは止めない! むしろ業務効率は上がった! だが!」
ぐっと私の眉間に指を突きつける。
「正式にしろ!! 責任を取れ!! それによって周囲が安心する!!」
(……なるほど)
私は、少し考えた。確かに結婚すれば真琴は私のものだと、法的にも社会的にも明文化される。悪くない、いや最高だ。
「分かりました」
即答した私に、団長が目を見開く。
「……早いな?」
「遅いくらいです」
「本人の意思は?」
「尊重します。ただし逃がしません」
「やめろ、その言い方!!」
その時。
「え、結婚……?」
背後から真琴の声がした。私は振り返り、真琴を見る。少し驚いているが、拒絶はなさそうだった。
(うん……これは問題ない)
「真琴」
「は、はい」
「後で、話がある」
「……重いやつ?」
「最重量だ」
団長は、天を仰いだ。
「……ああもう。国は平和だが、この副団長だけは制御不能だ」
私は、真琴に視線を戻す。
――結婚。いい言葉だ。私の独占を合法にする魔法の単語。逃げ道は、もう必要ない。だって真琴は、この重さを「かわいい」と言ったのだから……覚悟してもらおう。
***
店の扉を閉めた瞬間、空気が変わった。正確にはリオンの距離が、ゼロになった。後ろから、ぎゅっと抱きしめられる。
「……リオン?」
返事はない。ただ額を僕の肩に押し付けて、深く息を吸う気配を感じる。
(……あ、これ。団長に言われた“結婚しろ事件”を、今処理してるやつだ)
「……団長に言われた」
「うん、聞こえてた」
「私は」
腕の力が、少し強くなる。
「冗談だと思っていない」
分かってる。分かってるけど、心臓が忙しい。
「……重いか?」
不安そうに確認する声。昨日までなら、ここで誤魔化してたと思う。でも今は――。
「……重いよ」
正直に言った。一瞬、リオンの呼吸が止まる。
「……そうか」
声が少し掠れた。ああ、これ、傷ついたやつだ。
「でもね」
僕は、そっとリオンの手を握る。
「重くて……すごくかわいい」
「……くっ!」
背中越しに、はっきり分かる。今、リオンの理性が崩壊した。
いきなり身体を反転させられて、正面から抱きしめられる。僕を見つめる蒼い目が真剣だった。真面目で、必死で、逃がす気が一切ない眼差しを直で注がれる。
「真琴」
「な、なに……」
「確認する」
言葉を選ぶ声が耳だけじゃなく、胸にも響く。
「私は重い。独占欲が強い。君が他人に懐かれると、本気で嫌だ。離れるつもりはない」
「……知ってるよ。むしろ、最近はそれが安心材料になってる」
「それでも」
リオンは深く息を吸い、優しい眼差しで僕を見つめた。
「私と、一生を共有してほしい」
言葉が、ゆっくりと落ちる。
「結婚してほしい」
頭が真っ白になった。派手じゃないし、跪いたりもしない。当然、指輪も今はない。でもこの人の全部が、ここに詰まってる。
「……ねえ、リオン」
「なんだ」
「それってさ」
思ったことを告げるだけで、喉がすごく熱い。
「僕、逃げられないやつ?」
「逃がさない」
リオンが即答したことで、僕は迷いゼロになった。
「ホント……重すぎ!」
「嬉しい」
即答(二回目)したリオンに、思わず笑ってしまった。
「リオン……末期だよね」
「君のせいだ」
「えぇ……」
おかげで、胸の奥がじんわり温かい。僕は、リオンの胸に額を預けた。
「……いいよ」
「?」
「結婚」
小さく言う。
「しよう」
本当に一瞬だけ静寂。次の瞬間――。
「……ひぃっ!!」
ぎゅうううっと、今までで一番強く抱きしめられた。
「真琴、真琴、真琴……」
名前呼びすぎ。しかも涙目になっている。
「ちょっ、苦しいよ……」
「離れない」
「死ぬ……」
「一生一緒だ」
会話になってない。でも、笑いが止まらない。
(ああ……)
この人。重くて独占欲が強くて、すぐ泣いて。でも僕を選ぶのに、一切の迷いがない。それがたまらなく嬉しかった。
「ねえ、リオン」
「なんだ、我が伴侶」
「言い方、早くない?」
「事実だ」
……もうだめだ。まあ、いいか。
重くてかわいい副団長と結婚する人生も、悪くないどころか――たぶん最高だ。
ともだちにシェアしよう!

