62 / 83

番外編 各国からの贈答品

 翌朝、目を覚ました瞬間、違和感があった。 「……重い」  腰に腕。というか、完全に抱き枕扱いされている。 「……リオン、起きて」 「起きている」 「じゃあ離れて……」 「無理だ」  即答した直後、蒼い瞳を細めたリオンが不敵に微笑んで言葉を続ける。 「昨日、公の場で既婚者宣言をした」 「うん……」 「その後、真琴が隣にいることを再確認する必要がある」 「なんなのそれ、理由が重い!」  そのとき。  ――ドンドンドン!!  扉が激しく叩かれた。その様子はまるで、これから悪いことでも起こるような雰囲気で。 「副団長殿!! 至急!!」  リオンが、ようやく体を起こす。僕もそれに倣ってのっそり起きたものの、太い二の腕がしっかり腰に回っていた。 「どうした」 「……あの……その……」  扉越しの声が、明らかに引きつっている。 「各国からの……贈答品が……」 「贈答品?」  昨日の今日である。どうにも嫌な予感がした。 「……どれくらい?」 「……廊下が……ほぼ埋まりました」 「埋まりました⁉」  ふたりで顔を見合わせて驚き、慌てて身支度をして扉を開けた瞬間――見えた。  箱の山――宝石箱・木箱・金属箱。しかもでかいものが多数! 「……なにこれ」  扉をノックしたであろう団員が、青い顔で説明する。 「ええと……“副団長殿の伴侶・真琴殿へ”という名目で……」 「伴侶って書いたの誰?」 「……全員です……」  箱の札を見て、僕は言葉を失った。 『東方連合より、永遠の祝福を』 『北海王国より、護符と宝飾一式』 『南方諸国より、夫婦円満の香油』 『敵国(元)より、心からの謝罪と絹織物』 「え……敵国まで?」  リオンが、満足そうに頷く。 「よし」 「よしじゃない!!」 「世界に真琴が私の伴侶だと、伝わった証拠だ」 「これ、伝わりすぎだよ!!」  団長が、廊下の向こうから現れた。目が死んでいる。 「……副団長」 「なんだ」 「各国から“伴侶殿の好み”についての問い合わせが来ている」 「答えは一つだ」 「嫌な予感しかしない」  リオンは、一切迷わず言った。 「私だ」 「……は?」 「真琴の好みは、私だ」 「質問の意味が違う!!」  王様まで出てきた。 「……真琴殿」 「は、はい……」 「これはもう……外交案件だ」 「えっ」 「贈答品の受領、返礼、お礼状……」  げんなりした表情の王様の手が、僕の肩にそっと置かれる。 「国を挙げて対応する」 「……僕、ただの菓子職人なんですけど……」  リオンが、当然のように言う。 「私の伴侶だ」  団長が、白目で言った。 「それが一番の問題だ……」  僕は廊下いっぱいの箱を見て、ようやく自覚した。  ――ああ。僕は今、王国最強騎士の“伴侶”として、世界に認識されているんだなって。 「……ねえ、リオン」 「なんだ」 「昨日の既婚者宣言……ちょっと、やりすぎじゃなかった?」  リオンは、少し考えてから答えた。 「足りなかったか?」 「足りてる!! 十分すぎる!!」  その手が、また自然に絡んでくる。 「安心しろ」 「なにが?」 「贈答品は、すべて私が守る」 「……そういう意味じゃないってば」  でもその横顔は、とても誇らしそうだった。  ――世界が敵でも、この人は味方でいてくれる……しかも重い。でもちょっとだけ、嬉しかった。 ***  ――結果から言うと、世界は本気で僕を守る気だったみたい。 「……ねえ、リオン」 「なんだ」 「これ……全部……僕宛て?」 「当然だ」 「“当然”の基準が怖い……」  王宮の一室。長机いっぱいに並べられた箱、箱、箱。  団長は壁際で腕を組み、もう諦めた顔をしている。 「では開封を始めるぞ……内容によっては検閲対象だ……」 「中身で検閲?」  最初の箱。北海王国の紋章。ぱかっと開いた瞬間――。 「……え」  銀色の外套。触れただけで、ひんやりと魔力が走る。 「これは防刃・防魔・防呪三重構造のマントだな」  リオンが即解説した。 「真琴、寒がりだから」 「寒がり情報、どこから漏れたの?」  団長が呻く。 「生活情報まで把握されている伴侶って、いったい……」  次、南方諸国の箱。中身は――瓶、瓶、瓶。 「これは……香油?」 「“伴侶の精神安定用”だそうだ」 「誰の精神を想定してるの?」  リオンが、一本手に取って匂いを嗅ぐ。 「……落ち着く」 「もう効いてる!」  団長が呆れた顔で言い放った。 「いろんな意味で危なすぎる。副団長の使用制限を設けろ!!」  次、東方連合。重い箱。中から出てきたのは――。 「……え、鈴?」  小さな金の鈴。 「危険を察知すると鳴る護符だな」 「どういう仕組み?」 「真琴が怯えたら鳴る」 「僕基準!」  団員がぽつりと呟いた。 「……副団長殿、それ常時鳴りません?」 「鳴ったら、真琴を怯えさせたものを全力で排除する」 「用途が怖い!!」  次――元・敵国からの贈答品。全員、少し緊張する。恐るおそる箱を開けると。 「……布?」  生地が柔らかそうな、見るからに上質な服。そして添えられた手紙。 『この服は、剣を向けられても引き裂けぬ強度です』 「なにそれ!!」  リオンが、真顔で頷いた。 「理にかなっている」 「かなってない!!」  最後の箱。どこの国か分からない無記名。恐々と開けた瞬間。 「…………」  中にあったのは、分厚い書類の束。タイトル《副団長リオン殿・過剰行動時の対処マニュアル(真琴殿用)》 「これ……誰が作ったの?」  団長が、そっと目を逸らした。 「我々だ……」 「国を挙げて何してるの?」  リオンが、不満そうに言う。 「私は過剰ではない」 「“過剰”って書いてあるよ!!」  そのときリオンが、静かに僕の手を取った。 「だが、安心した」 「え?」 「世界が、君を奪う気がないと分かった」 「奪う前提なんだ……」 「当然だ」  リオンの指が執拗に僕の指に絡む。 「だが――」  少しだけ、声が低くなる。 「奪おうとしたら、全員私の敵になる」 「重い!!」  でも贈答品の山を見て、僕は苦笑した。 「……ねえ、リオン」 「なんだ」 「これ、全部“あなたの伴侶”って前提で選ばれてるんだよ」 「誇らしいな」 「そこは照れて!」  リオンは、少しだけ口元を緩めて言った。 「守られているな、真琴」 「……うん」  国に。世界に。そして何より――この人に。  ……重い。でも贈答品より僕の肩に回された腕のほうが重いのは、きっと気のせいじゃない。

ともだちにシェアしよう!