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番外編 中身を身につけた結果、街が終わった話
正直に言う。外に出るべきじゃなかった。
「……リオン」
「どうした」
「なんで僕、国家級のマント着て、呪いも刃も通らない服着て、危険察知の鈴をつけてるの……」
「安全だからだ」
「安全すぎて、逆に目立つよ!!」
アルセリアの朝市。僕が一歩踏み出した瞬間――チリンと鈴が鳴った。
「え」
その音に反応した周囲の人々が、一斉にこちらを見る。
「……今の音……」
「まさか……」
「国家宝級貴人が……?」
ざわ……!
「いや違う違う違う!! 僕、普通に歩いただけ!!」
「チリン」
「ほらまた!!」
リオンが即座に剣に手をかけた。
「……誰だ」
「誰も何もしてない!! ただの段差!!」
パン屋の店主が震えながら言う。
「ま、真琴様……本日はお買い物で?」
「う、うん……いつも通り……」
「いつも通り(国家装備)……」
通りの向こうで、小さな子どもが転びそうになるのが目に留まった。
「チリン!」
リオンが一瞬で移動。子どもを抱き上げ、周囲を睨みつける。
「怪我はないな」
母親が青ざめて頭を下げる。
「も、申し訳ありません!!」
「え? なんで謝るの?」
「危険を察知しただけだ」
「僕の鈴が過敏すぎる!!」
街の人々、ひそひそ。
「やはり真琴様が歩くと、副団長が即発動する」
「守護半径が街全体……」
「生きてる結界……」
やめて!! まるで都市伝説みたいになってる!!
そして問題は――香油だった。
帰り道。リオンが、やけに静かになった。
「……リオン?」
「……」
「リオン?」
「……真琴ぉ……」
声が、とろとろに甘い。
「え、なに……?」
次の瞬間、がしっと抱き寄せられた。
「……落ち着く……」
「ちょ、リオン! 外!! ここ外だから!!」
「香りが……君が近くて……」
「それ香油!! “精神安定用”のやつ!!」
出かけ始めた時のリオンの反応が敏感だったから、少しだけリラックスするように香油の匂いを嗅がせたのが間違っていた。
(――これ、完全に効きすぎてる!!)
リオンの額が、僕の肩にぐりっと当たる。
「……もう……ここでいい……」
「よくない!! 街の真ん中だからね!!」
通行人がまじまじと僕らを眺める。
「副団長……溶けてない……?」
「真琴様に接触して……」
「溶けた……」
見るからに蕩けたリオンが、僕の耳元で低く囁く。
「……真琴……連れていかないで」
「誰も連れてかない!!」
「世界が……怖い……」
「さっきまで、街一個守ってた人のセリフ?」
完全に理性が、香油に敗北している。仕方なく、僕は小声で言った。
「リオン」
「……なに……」
「大丈夫だよ。僕はここだよ」
その瞬間、ぎゅううう!
「……安心した」
傍で僕らを見守っていた団員が、慌てて駆け寄ってきた。
「副団長!! 意識は!!」
「ある……真琴が……いる……」
「それ、意識不明と同じです!!」
結局僕は、国家級装備を着たまま、香油で溶けた副団長を支え、街中の視線を一身に浴びて帰宅した。玄関で、ようやくリオンが正気に戻る。
「あれ……私は何を?」
「街を守ってその後、溶けた」
「……すまない……」
でも耳まで真っ赤。
「……もう少し……効いていても……よかった……」
「だめ!!」
僕は溜息をついて、でも少し笑った。
「まったく……ねえ、リオン」
「なんだ」
「これ、毎日だったら……街が持たないよ」
「安心しろ」
「何を?」
胸を張り、真顔で言い放つ。
「香油は、家でしか使わない」
「場所の問題じゃないからね!!」
――こうして贈答品は街を震わせ、副団長を溶かし、僕の心臓を忙しくした。
次は絶対、一つずつ使おうと僕は心に決めた。
(――なお、リオンは全く守る気がない)
***
結論から言うと、香油の効果は夜まで残っていた。
「……リオン」
「……」
「ねえ、リオン?」
「真琴……」
返事はある。意識もある。ただし――距離がゼロ。
夕食後。ソファに並んで座ったはずが、気づいたら僕は副団長に回収されていた。膝の上に置かれ、腕の中に抱かれる。現在、完全に逃げ道なし。
「……あの……」
「動かないでくれ」
「えっ」
「今……君がいないと……理性が……」
「理性が何?」
ぎゅう、と抱きしめる力が強くなる。
「……溶ける」
「もう溶けてるよ!!」
昼間、街で溶けた人は、夜になっても回復しなかったらしい。僕の首元に、額を預けてくる。
「……落ち着く……」
「それさ、香油? 僕?」
「両方」
「即答しないで!!」
耳元で、低く息をつく音が聞こえた。
「……一日……君が他人に見られて……触れられて……」
「触れられてないよ! 鈴が鳴る前に、君が飛んでたよ!」
「それでも……耐えた……」
「えらいけど、基準がおかしいからね」
腕の力が、さらに強まる。
「……夜は……私の番だ……」
「こわい言い方しないで!」
でも声は甘くて低くて、かすかに震えている。
「……取られないと……分かっているのに……」
少し間を置いて。
「……それでも……不安になる」
ああ、これだ。
僕は、そっと背中に腕を回した。
「……リオン」
「なに……」
「僕、どこにも行かないよ」
「……」
「昼も、夜も」
耳元で、息を呑む音がした。
「約束だな……」
「うん。約束」
その瞬間、完全に溶けた。
「……はぁ……」
体重が、そのまま預けられる。
「……真琴……」
「はいはい……」
頭を撫でると、びくっと反応する。
「……なでるな……嬉しい」
「嬉しいなら、やめないよ」
副団長は僕の肩に顔を埋めて、小さく言った。
「……香油……禁止されても……」
「間違いなく、されると思うよ」
「……君の匂いは……禁止できない……」
「それ、団長に聞かせたら書類が増えるよ」
「構わない……」
言いながら、少し顔を上げる。真剣で必死な蒼い瞳が、じっと僕の顔を見つめる。
「……私の全部は……君のものだ……」
「重い……」
その言葉に、胸がぎゅっとなる。
「リオン……僕はね」
僕は、小さく笑った。
「その重さ、嫌いじゃないよ」
リオンの目が、大きく見開かれる。
「本当か……?」
「うん」
「重い……?」
「重い」
「……好き……?」
「……好き」
ぱきん。
副団長の理性が、完全に折れた音がした。
「……離さない」
「はいはい……」
その夜。僕は溶けた副団長を抱き枕代わりにして眠り――副団長は一晩中、僕を抱きしめたまま、一度も離さなかった。
しかし、溶けたリオンの行動はそこで終わらなかった。
深夜、部屋の灯りを落とした中、彼はそっと起き上がり、結婚祝いにもらった香油の瓶を手に取った。僕の首元に残る微かな香りを嗅ぎ、瞳がさらに熱く輝く。
「……この香り……君のものにしたい」
低く囁きながらリオンは瓶の蓋を開け、指先に少量の香油を取る。僕の寝間着を優しく剥ぎ、露わになった肌に指を滑らせる。
首筋から胸板へ、ゆっくりと油を塗り広げていく。甘い香りが部屋に広がり、僕の体がびくりと反応する。
「リオン……んっ……何を……」
寝ぼけた声で問うと、彼は耳元で息を漏らす。
「君を……この香りで包む。誰も近づけられないように」
指先が僕の敏感な部分をなぞり、香油の滑らかな感触が肌を熱くする。リオンの唇が首筋に触れ、塗られた油を舌で舐め取るように這わせる。甘い味と香りが混じり、彼の息が荒くなる。
「あっ……リオン、そこ……」
僕の声が甘く溶け、腰が浮き上がる。リオンの手が下へ滑り、硬くなった僕のものを香油で優しく包む。滑らかな摩擦が快楽を呼び、ゆっくりと上下に扱かれる。香りが鼻をくすぐり、頭がぼうっとする。
「この香り……君の匂いと混ざって……完璧だ」
リオンの声は低く、獣のように荒々しく僕の体をベッドに押し付け、香油をさらに塗り広げながら、唇を胸板に吸い付ける。乳首を舌で転がし、軽く歯を立てると、僕の体が弓のようにしなる。手は休まず、僕のものを刺激し続ける。
「んんっ……リオン、もっと……」
耐えきれず声を上げると、リオンは満足げに微笑む。
自分の服を脱ぎ捨て香油を自身にも塗り、熱く脈打つものを僕の内部に近づける。滑らかな油が助け、ゆっくりと挿り込む。香りが二人の体を包み、互いの熱が溶け合う。
「真琴……君の中……この香りで満ちる」
動きを始めると、部屋に湿った音と甘い喘ぎが響く。リオンの腰が激しく打ちつけるたびに香油の匂いが汗と混じり、官能的な霧を生む。
僕の体が震え、頂点が近づく。
「リオン……イく……あっ!」
声を上げて達すると、熱い迸りがリオンの手に溢れる。彼も低く唸り、最後のひと突きで僕の中にすべてを注ぎ込む。余韻に震え、互いに抱き合い、香油の残り香に包まれた。
「……これで、君は永遠に私のもの」
リオンの重い言葉に、僕は小さく笑った。溶けた彼を抱きしめ、朝まで離さなかった。
(なお翌朝、団長に香油全面禁止令を出された。でも溶ける原因は僕なので、意味はなかった)
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