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番外編 白銀の誓いと、とろける祝福

 ――結婚式当日、王都は朝からざわついていた。理由はひとつ。 「副団長が、結婚するらしいぞ」 「“らしい”じゃない、“する”だ」 「しかも団長が仕切ってる」 「……あの人が?」  騎士団本部の空気は、戦前よりも張り詰めまくった状態だった。 「よし! 配置確認! 装飾班、花は左右対称だと言っただろう!」 「団長、ここは祭壇ではなく大聖堂です!」 「知っている! だからこそ完璧にする!」  団長はなぜか正礼装と指示書を三冊抱え、完全に自分の結婚式のテンションで走り回っていた。  誰も止めない。止められない。なぜなら――。 「……団長、張り切りすぎでは」 「副団長の人生最大案件だぞ? 手を抜く理由があるか?」  その背後で、騎士団員たちは一斉に頷いた。 ***  祭壇の前。白い装飾に包まれた大聖堂で、真琴は少しだけ緊張していた。けれど――。 「真琴」  リオンに名前を呼ばれた瞬間、その緊張は全部が綺麗に溶けた。  白銀の甲冑を礼装用に仕立て直したリオンが、まっすぐ真琴を見ている。いつもの鋭さは影を潜め、代わりに浮かぶのは、どうしようもなく優しい眼差しだった。  リオンの手が、迷うことなく真琴の腰に添えられる。そして彼の耳元で、低く囁いた。 「逃げないでくれ。今日は」 「逃げないよ。伴侶を置いてどこに行くの」  その一言で、リオンは完全に落ちた。腰に回る手の力が、ほんの少しだけ強くなる。 *** 「では誓いを――」  司式を務める神官の声が響く。リオンは、迷いなく真琴の前に跪いた。王国騎士団最強と謳われる男が、ただ一人の前でだけこうして膝を折る。 「……この人を生涯の伴侶とし、命を賭して守ることを誓います」  ざわ、と騎士団が揺れた。 「“命を賭して”は誓約文に含まれていないぞ!」 「副団長仕様だ」 「むしろ、まだ控えめだろ」  真琴は小さく笑って、リオンの手を取る。 「僕も誓うよ。君の隣で生きるって」  その瞬間、指輪がはめられ、方々から白い花びらが舞い、ラディス団長が誰よりも大きく拍手した。 「よし! 誓いのキスだ!!」 「団長、声がでかい!」  リオンは一切気にせず、真琴の頬に手を添え――誓いのキスを丁寧に落とした。 ***  式のあとは、騎士団総出の祝宴。 「副団長、おめでとうございます!」 「既婚者です!!」 「副団長、料理を――」 「既婚者です!!」 「……もういいから食べてください」  真琴はその様子を、少し離れた席から眺めていた。 (リオン、すごく幸せそうだな……)  すると、いつの間にか隣に来た団長が、満足げに腕を組む。 「どうだ」 「……国を挙げて祝われてる気がします」 「当然だ。副団長と、その伴侶だぞ?」  真琴は少し照れながら、会場を見渡した。騎士たちの笑顔と盛大な祝福。そして――視線に気づいたリオンが、すぐこちらに来る。 「真琴、離れすぎだ」 「さっきまで、楽しそうに団員たちに囲まれてたじゃない」 「それとこれは別だ」  当たり前のように腰を引き寄せられ、耳元で囁かれる。 「……もう、私の伴侶なんだから」  重くて、甘くて、どうしようもなく幸せな声を耳にして、真琴は小さく息を吐きながら笑った。 「うん。僕の夫だね」  その一言で副団長は、今日一番の笑顔を見せた。 ***  朝だった。正確には、朝になってしまった。真琴が最初に意識したのは――重い。物理的にも精神的にも。 「……リオン……?」  掠れた声を出すと、腰に回されていた腕がきゅっと締まった。 「起きたか」  即反応。しかも声が低くて、やけに満足げだった。真琴は天井を見つめたまま、静かに悟る。 (……あ、これ……完全に“初夜後の朝”だ)  シーツはきちんと整えられているし、部屋も静か。でも、リオンの額は真琴のこめかみに触れるほど近く、手は昨夜と同じ場所にある。 「……リオン、近い」 「夫だから」 「まだ朝だよ」 「朝でも夫だ」  理屈が強い。しかも離れる気ゼロ。真琴が少し身じろぎすると、リオンは小さく息を吐いて、耳元で囁いた。 「……一晩中、夢じゃないか確認していた」 「……」 「朝になっても、まだここに真琴がいて……安心した」  重い。でも――。 (リオン……かわいいよなぁ……)  真琴はそっと手を伸ばし、リオンの頰に触れた。柔らかな肌に指を滑らせると、リオンは目を細めて、優しくその手にキスを落とした。 「足りない……もっと、君を感じていたい」  その言葉に、真琴の胸が温かく溶ける。初夜の余韻が、朝の光の中でさらに甘く広がっていく。 ***  問題は、その後だった。着替えを終え、二人で廊下に出た瞬間。 「……副団長?」  通路の先にいたのは、早番の騎士団員。視線がリオンの首元 → 指輪 → 真琴 → 指輪 → 二人の距離と、完璧な軌道で移動する。  一秒。  二秒。 「……あ」  その一言で、終わった。 「おはようございます!!!!!」  なぜか直立不動。なぜか声がでかい。リオンは即、真琴を半歩背後に庇った。 「何か?」 「い、いえ!! その!! お幸せそうで!!」 「当然だ!」  さらに別の団員が合流した途端に。 「副団長、今朝やけに機嫌が――」  言いかけて、指輪を見る。 「……」 「……」 「……」  三人目が、何も言わずにその場から走り去った。 「ちょ、待っ――」  真琴が止める前に、廊下の向こうから叫び声がした。 「副団長が!!!!! 完全に既婚者の顔してる!!!!」  数分後。騎士団内に、爆速で情報が回った。 ***  執務室。団長は二人の顔を見た瞬間、すべてを察した。 「……ああ」  そして静かに言う。 「初夜、終わったな」 「団長!!」  真琴が真っ赤になる横で、リオンは背筋を正す。 「副団長……」 「はい」 「返事が早い!!」 「昨夜、正式に“伴侶”となりましたので」 「聞いてない!!」 「報告書は後ほど」 「いらん!!」  団長は額を押さえ、深く息を吐いた。 「……で」  ちらりと真琴を見る。 「副団長は今、どんな感じだ?」  真琴が答えるより先に、リオンが言った。 「非常に幸せです」 「それは見りゃわかる」 「一生、この朝が続けばいいと思っています」 「重い!!!!」  団長の叫びが、廊下に響いた。 ***  その後。騎士団員たちは、やけに優しかった。書類は勝手に片付く。仕事は軽くなる。視線は温かい。そして――。 「副団長」 「はい」 「……昨夜は、おめでとうございます」 「ありがとうございます」  真琴は横で、小さくため息をついた。 (……完全に、全員にバレてる……)  でもリオンの手が、そっと指を絡めてくる。堂々と隠す気ゼロで。 「……いいんですか、仕事中なのにこんなに密着して」 「当然だ」  指輪に視線を落とし、穏やかに笑う。 「私の伴侶だから」  真琴は、観念して笑った。 「……重い夫だね」  その一言で――リオンは今日一番幸せそうな顔をした。 「最高の褒め言だ」

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