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番外編 騎士団緊急会議

 議題:副団長から真琴殿を守れるかどうか 「……では、始める」  団長が深く溜息をつきながら、会議室を見渡した。 「本日の議題はただ一つだ。副団長から、真琴殿を守る方法を検討する」  一瞬の沈黙、そして――。 「それ無理では?」  誰かが、正論を口にした。 「却下」  団長が即答する。 「“無理”という結論に至るまでの過程を、記録する必要がある」 「ひどい……」  現状を確認するために、書記が淡々と読み上げる。 「現状報告。副団長リオンは、真琴殿の半径三メートル以内を維持。魔力探知常時展開。視界から消えると即時捕捉。逃走未遂一回、即確保」 「保護というより監禁では……?」 「言い方に気をつけろ」 「副団長に聞かれたら死にます」 「では対策案一。副団長と真琴殿を別の建物に配置する」  団長、首を振る。 「却下。副団長は壁を越える」 「建物ごと来ますよね」 「来る」 「対策案二。真琴殿本人に“過保護すぎる”と伝えてもらう」  会議室が一瞬で凍った。 「……それ、誰が言うんです?」 「真琴殿以外、即死案件では?」 「いや、真琴殿が言っても副団長が静かに壊れそう」  団長が頭を抱える。 「実際、以前言われた時はどうなった?」 「副団長、微笑んだまま一晩眠らなかったそうです」 「怖っ」 「では対策案三。団員が交代制で真琴殿を看病し、副団長を休ませる」  その瞬間、扉の外から声がした。 「……必要ない」  低く落ち着いた声に、全員が固まる。扉が開き、リオンが入室する。静かに、だが圧が強い。 「真琴は私が看る」 「え、あ、はい……」 「副団長……会議の内容、聞いてました?」 「魔力探知で」 「常時展開やめてください!」 「ふ、副団長……その……真琴殿にも自由が……」  リオンが首を傾げる。 「自由?」  首を傾げただけなのに、圧が倍増する。 「君たちは勘違いしている。私は、真琴が苦しまない自由を確保しているだけだ」 「理屈が強すぎる……」  団長が、ゆっくりと結論を述べた。 「……本会議の結論」  全員、姿勢を正す。 「副団長から真琴殿を守ることは不可能」  満場一致。 「よって、今後の方針は――副団長の機嫌を損ねない範囲で、真琴殿を守る」 「守る対象が変わってません?」 付記  書記が小声で付け足す。 「なお、真琴殿が副団長に『ありがとう』と言った場合、副団長の過保護レベルが上昇するため注意」  団長は天を仰ぐ。 「……もう誰か、“普通の新婚”の定義を教えてくれ」  会議室に、静かな絶望が広がった。 ***  ――その紙を読んだ瞬間、血の気が引いた。 「……え?」  手にしているのは、騎士団の正式な議事録。ラディス団長の署名付きで赤字多め。そして、やたら丁寧。 議題:副団長リオンから真琴殿を守る方法 結論:不可能 「……不可能?」  文字を追うほどに、心臓がきゅっと縮む。 ・物理的隔離 → 壁を越える ・距離を取らせる → 魔力探知で即補足 ・交代制看病 → 副団長が無言で圧を出す 「……これ、冗談じゃないよね」  最後の追記を読んで、完全に青ざめた。 ※真琴殿が「ありがとう」と言うと過保護レベル上昇。要注意。 「……そんな地雷ある?」  その日の夕方。僕は意を決して、執務室にいるリオンのところへ向かった。 「リオン」 「真琴。体調は?」  即それ。椅子から立ち上がる気配すら察して、僕は慌てて言う。 「だ、大丈夫! 今日は説得に来ました!」 「説得?」  それは『私』とリオンが名乗るときの声だった。冷静だけど、注意深い。 「……誰に」 「君です!」  一瞬、静かになる。 「……座ろうか」  その「座ろう」が“逃がさない”ニュアンスを含んでいるのが分かって、内心泣いた。 「会議の議事録を読みました」  リオンの眉が、わずかに動いた。 「……団長が見せたのか」 「はい」  沈黙。これは地雷を踏んだ気配。でも、引けない。 「リオン、あのね。僕、守られすぎてます」  はっきり言った。 「君が一晩中起きてるのも、僕が三歩歩くだけで視線が追ってくるのも、団員たちが会議を開くほど怯えてるのも、全部嬉しいけど……怖いです」  リオンの蒼い瞳が、ゆらりと揺れた。 「……私が、怖い?」  静かな声に胸が痛む。でも頷いた。 「怖いというより……自分の存在が君を追い詰めてるんじゃないかって、それが一番怖い」  リオンは黙ったまま、拳を握る。 「私は……君を失う可能性を、一つも許容できない」  それは独占欲じゃなく、恐怖だった。 「だから過剰だと分かっていても、やめられない」  僕は一歩、近づいた。リオンの手に、そっと触れる。 「じゃあ、約束しよう」 「……約束?」 「僕を信じること」  はっきり言う。 「僕は、君が思ってるほど脆くない。君の伴侶として、ちゃんと立ってる」  視線を上げる。 「過保護を“ゼロ”にしろとは言わない。でも一緒に呼吸できる距離にしてほしい」  リオンの肩が、わずかに震えた。 「……真琴」  次の瞬間、強く抱きしめられる。でも、今までより少しだけ――力が弱い。 「……努力はする」  絞り出すような声に内心安堵した。 「ただし」  耳元で囁かれる。 「君が倒れそうになったら、私は全てを投げ捨てる」 「それは許可します……!」  即答したら、リオンが小さく笑った。 「……君は、本当に」  額に、優しい口づけが落とされた。 「私の弱点だ」 ***  私が努力しているのは事実だ。  昼間、私は確かに抑えた。真琴が歩いても、後ろに立たなかった。視線は送ったが、距離は保った――この努力を、評価してほしいくらいだ。  だが夜。私の腕の中で眠る真琴を前にして、努力という概念は消滅した。 「……無防備すぎる」  小さく呟く。  昼間は保てた距離が、夜には無意味だ。真琴は、私がいなくても呼吸ができると証明した。だからこそ――。 「私の腕の中にいることを、選んでいる今が愛おしい」  私は毛布を一枚、二枚と重ねる。気温は適正。だが、念のためだ。額に手を当てる。熱はない、呼吸も安定している。  ……完璧だ。だが、足りない。 「……離れる理由が、ない」  私はそう結論づけた。  昼は距離を取る。夜は埋める。論理的だ。腕を回し、背中を抱き寄せる。逃げ場を塞ぐが、圧はかけない。 「真琴」  寝息しか返らない。 「……君が起きていない今なら、これは“看病”の範囲だろう」  誰に言い訳しているのか、自分でも分からない。指先で、指輪に触れる。 「私は、我慢している」  そう言いながら、額に口づける。髪に、頬に、こめかみに。 「……我慢している」  繰り返すほど、怪しくなる。 「……リオン」  寝言だ。それだけで、私は詰んだ。 「……はい」  即答する自分がいる。腕の中で、真琴が無意識に擦り寄る。 「……そばにいて」  小さく、眠ったまま呟く言葉に胸が熱くなる。  ――努力? 距離? そんなものは、今ここにはない。 「……もちろんだ」  私は、静かに笑った。 「君が許した」  誰も止めない夜。騎士団が知らない、真の戦場。

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