73 / 83
番外編 騎士団緊急会議2
***
真琴は、夜になると考えてしまう。店の奥、灯りを落とした寝室。リオンは隣にいる。呼吸も体温も、確かに近い――近すぎるほどに。
「……リオン」
「どうした、真琴」
即座に返る声。少しも間がない。そのことが、逆に胸に刺さる。
「……疲れてない?」
「私は問題ない」
きっと嘘じゃない。むしろ誇らしげなくらいの声だった。だからこそ、僕は目を伏せた。
(……また、だ)
また、こうやって、リオンは自分のことを後回しにしている。護衛、仕事、騎士団――全部こなしたあとで、なお自分に全力を注ぐ。
――それが、当然だという顔で。
「……ねえ、リオン」
「何だ」
「僕が……もう少し、しっかりしてたら……」
言葉が、途中で詰まる。リオンの腕が、ぴくりと動いた。
「……何を言い出す」
「だって……」
リオンにする大事な話――僕は、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「僕が驚いたり、固まったり、変なところで立ち止まったりするから……」
護衛が必要になって。
気を張らせて。
心配させて。
「僕が、普通だったら……リオンは、こんなに……」
重くならなかったんじゃないか。
そこまでは、言えなかった。
リオンの動きが止まった、次の瞬間――。
「……真琴」
低く、静かな声が耳に落ちる。
「それは、私を侮辱している」
「……え?」
「私は、君を守りたいから守っている」
腕に、力が入る。
「君が弱いからでも、迷惑だからでもない」
額に、額が触れた。
「君が、私の伴侶だからだ」
告げられた言葉に、喉がきゅっと鳴る。
「でも……騎士団のみんなも……会議まで開いて……」
「知っている」
「……僕のせいで……」
その瞬間、リオンの声がはっきりと強くなった。
「違う。会議が必要になっているのは、私が重いからだ」
「……!」
「そして、それを止めるつもりはない」
それは、迷いのない声だった。
「だが」
少しだけ、リオンの口調が柔らかくなる。
「君が自分を責める理由には、一つもなっていない」
それでも思ってしまう。
(……僕がいなければ、リオンはもっと自由だったんじゃないかって……)
思考は、夜になると悪い方向へ進む。
昼間の団員たちの視線。
ひそひそ声。
冗談めいた、でも本気の心配。
――副団長を、誰も止められない。その“原因”が、自分だとしたら。
「……リオン」
「何だ」
「僕……少し、距離を……」
最後まで言えなかった。リオンの腕が、さらに強くなる。
「その考えは、禁止だ」
「……っ」
「君が離れようとする理由が、“自分が悪いから”なら」
低い声が、僕の耳元で震えた。
「私は、もっと重くなる」
「え」
「君が安心するまで、君が自分を責めなくなるまで」
離さない。
「それが、私の選択だ」
僕の胸に残ったものは安心と温もりと、そして――消えない不安。
(……僕が考え方を変えないと、このままじゃリオンが……)
でもその“決意”を翌日、団員たちが目撃することになる――真琴が、また距離を取ろうとする瞬間を。
朝の光が、店の奥の床に差し込んでいた。僕は、そっと身を起こす。隣ではリオンが眠っている――いや、眠っている“ふり”だ。
(……起きてる)
分かる、呼吸が一定すぎる。それでも何も言わずに、音を立てないように布団を抜けた。
――距離を、取らなきゃ。
昨夜の言葉が、胸に残っている。
『私が重いからだ、止めるつもりはない』
それはリオンの愛情だ。分かっている。でも――。
(このままじゃ、リオンが壊れる)
僕は、ほんの一歩だけ離れる選択をした。
朝食も、少し遅らせる。声をかける回数を減らす。自然に、気づかれないように。
……そんな僕の行動を、見逃さなかった者たちがいる。
「……今の、見たか?」
「見た……」
店の外。荷の受け取りに来た団員たちが、固まっていた。
いつもなら。
「おはようございます!」
柔らかく笑って必ず声をかけてくれる真琴が、今日はリオンの隣を一歩だけずれて歩いた。
「……距離、取ってないか?」
「副団長の横……避けた?」
「いや、そんなはず……」
その瞬間、リオンがわずかに足を止めた。
――追わない。
それが、異常だった。
「……待て」
「副団長が、真琴殿を追ってない」
「え、なにそれ……」
団員たちの顔から、血の気が引いた。
「……まさか」
「真琴殿が……」
「自分を責め始めてる?」
互いの目を合わせて沈黙。
「……会議だ」
「再開だな」
「今すぐだ」
騎士団会議室。議題は一つ。
《真琴殿が自発的に距離を取ろうとしている件》
「まずい」
「非常にまずい」
「これは“自覚”してしまったパターンだ」
「副団長の過保護を、自分の責任だと思い始めてる」
誰もが分かっていた。
「……で、どうする?」
沈黙。
「……止める?」
「どうやって?」
「副団長を?」
「無理だろ」
「真琴殿を説得?」
「優しい人ほど、自分を責める」
「詰みでは?」
誰かが呟いた。
「……もう、結婚してるんだぞ?」
「なのに、距離を取ろうとするって」
「相当、追い込まれてる……」
沈黙が、重く落ちる。団長、最悪の一手を出す
「……一案ある」
団長が、疲れ切った声で言った。
「夜間、副団長隔離」
一斉に顔が上がる。
「却下!!」
「即却下!!」
「死者が出る!!」
「主に副団長が!!」
「いや、真琴殿も精神的に死ぬ!!」
団長は机に突っ伏した。
「……だろうな」
「というか」
「その案が出る時点で終わってますよ団長」
「分かってる……」
団長は、低く呟く。
「これは、真琴殿が“自分が悪い”と思い込む前兆だ」
「……」
「このまま放置すれば、“私がいなくなれば解決する”に行く」
一斉に息を呑む。
「そこまで行ったら」
団長は、はっきり言った。
「副団長は、壊れる」
その頃。真琴は店の奥で一人、湯を沸かしていた。
(……僕が、ちゃんとしてれば、リオンはあんなに……)
重くならなかった。
心配しなくてよかった。
騎士団が会議を開くこともなかった。
(――僕が弱いから、迷惑をかけてる)
誰も、そんなこと言っていない。でも一番近くにいる人が、自分のためにすべてを削っている姿を見るのは――怖い。
「……僕が、変わらないと」
小さく、決意する。
それが最悪の方向に向かっていることを、真琴自身だけが知らない。
ともだちにシェアしよう!

