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番外編 騎士団緊急会議2

***  真琴は、夜になると考えてしまう。店の奥、灯りを落とした寝室。リオンは隣にいる。呼吸も体温も、確かに近い――近すぎるほどに。 「……リオン」 「どうした、真琴」  即座に返る声。少しも間がない。そのことが、逆に胸に刺さる。 「……疲れてない?」 「私は問題ない」  きっと嘘じゃない。むしろ誇らしげなくらいの声だった。だからこそ、僕は目を伏せた。 (……また、だ)  また、こうやって、リオンは自分のことを後回しにしている。護衛、仕事、騎士団――全部こなしたあとで、なお自分に全力を注ぐ。  ――それが、当然だという顔で。 「……ねえ、リオン」 「何だ」 「僕が……もう少し、しっかりしてたら……」  言葉が、途中で詰まる。リオンの腕が、ぴくりと動いた。 「……何を言い出す」 「だって……」  リオンにする大事な話――僕は、ゆっくりと言葉を選ぶ。 「僕が驚いたり、固まったり、変なところで立ち止まったりするから……」  護衛が必要になって。  気を張らせて。  心配させて。 「僕が、普通だったら……リオンは、こんなに……」  重くならなかったんじゃないか。  そこまでは、言えなかった。  リオンの動きが止まった、次の瞬間――。 「……真琴」  低く、静かな声が耳に落ちる。 「それは、私を侮辱している」 「……え?」 「私は、君を守りたいから守っている」  腕に、力が入る。 「君が弱いからでも、迷惑だからでもない」  額に、額が触れた。 「君が、私の伴侶だからだ」  告げられた言葉に、喉がきゅっと鳴る。 「でも……騎士団のみんなも……会議まで開いて……」 「知っている」 「……僕のせいで……」  その瞬間、リオンの声がはっきりと強くなった。 「違う。会議が必要になっているのは、私が重いからだ」 「……!」 「そして、それを止めるつもりはない」  それは、迷いのない声だった。 「だが」  少しだけ、リオンの口調が柔らかくなる。 「君が自分を責める理由には、一つもなっていない」  それでも思ってしまう。 (……僕がいなければ、リオンはもっと自由だったんじゃないかって……)  思考は、夜になると悪い方向へ進む。  昼間の団員たちの視線。  ひそひそ声。  冗談めいた、でも本気の心配。  ――副団長を、誰も止められない。その“原因”が、自分だとしたら。 「……リオン」 「何だ」 「僕……少し、距離を……」  最後まで言えなかった。リオンの腕が、さらに強くなる。 「その考えは、禁止だ」 「……っ」 「君が離れようとする理由が、“自分が悪いから”なら」  低い声が、僕の耳元で震えた。 「私は、もっと重くなる」 「え」 「君が安心するまで、君が自分を責めなくなるまで」  離さない。 「それが、私の選択だ」  僕の胸に残ったものは安心と温もりと、そして――消えない不安。 (……僕が考え方を変えないと、このままじゃリオンが……)  でもその“決意”を翌日、団員たちが目撃することになる――真琴が、また距離を取ろうとする瞬間を。  朝の光が、店の奥の床に差し込んでいた。僕は、そっと身を起こす。隣ではリオンが眠っている――いや、眠っている“ふり”だ。 (……起きてる)  分かる、呼吸が一定すぎる。それでも何も言わずに、音を立てないように布団を抜けた。  ――距離を、取らなきゃ。  昨夜の言葉が、胸に残っている。 『私が重いからだ、止めるつもりはない』  それはリオンの愛情だ。分かっている。でも――。 (このままじゃ、リオンが壊れる)  僕は、ほんの一歩だけ離れる選択をした。  朝食も、少し遅らせる。声をかける回数を減らす。自然に、気づかれないように。  ……そんな僕の行動を、見逃さなかった者たちがいる。 「……今の、見たか?」 「見た……」  店の外。荷の受け取りに来た団員たちが、固まっていた。  いつもなら。 「おはようございます!」  柔らかく笑って必ず声をかけてくれる真琴が、今日はリオンの隣を一歩だけずれて歩いた。 「……距離、取ってないか?」 「副団長の横……避けた?」 「いや、そんなはず……」  その瞬間、リオンがわずかに足を止めた。  ――追わない。  それが、異常だった。 「……待て」 「副団長が、真琴殿を追ってない」 「え、なにそれ……」  団員たちの顔から、血の気が引いた。 「……まさか」 「真琴殿が……」 「自分を責め始めてる?」  互いの目を合わせて沈黙。 「……会議だ」 「再開だな」 「今すぐだ」  騎士団会議室。議題は一つ。 《真琴殿が自発的に距離を取ろうとしている件》 「まずい」 「非常にまずい」 「これは“自覚”してしまったパターンだ」 「副団長の過保護を、自分の責任だと思い始めてる」  誰もが分かっていた。 「……で、どうする?」  沈黙。 「……止める?」 「どうやって?」 「副団長を?」 「無理だろ」 「真琴殿を説得?」 「優しい人ほど、自分を責める」 「詰みでは?」  誰かが呟いた。 「……もう、結婚してるんだぞ?」 「なのに、距離を取ろうとするって」 「相当、追い込まれてる……」  沈黙が、重く落ちる。団長、最悪の一手を出す 「……一案ある」  団長が、疲れ切った声で言った。 「夜間、副団長隔離」  一斉に顔が上がる。 「却下!!」 「即却下!!」 「死者が出る!!」 「主に副団長が!!」 「いや、真琴殿も精神的に死ぬ!!」  団長は机に突っ伏した。 「……だろうな」 「というか」 「その案が出る時点で終わってますよ団長」 「分かってる……」  団長は、低く呟く。 「これは、真琴殿が“自分が悪い”と思い込む前兆だ」 「……」 「このまま放置すれば、“私がいなくなれば解決する”に行く」  一斉に息を呑む。 「そこまで行ったら」  団長は、はっきり言った。 「副団長は、壊れる」  その頃。真琴は店の奥で一人、湯を沸かしていた。 (……僕が、ちゃんとしてれば、リオンはあんなに……)  重くならなかった。  心配しなくてよかった。  騎士団が会議を開くこともなかった。 (――僕が弱いから、迷惑をかけてる)  誰も、そんなこと言っていない。でも一番近くにいる人が、自分のためにすべてを削っている姿を見るのは――怖い。 「……僕が、変わらないと」  小さく、決意する。  それが最悪の方向に向かっていることを、真琴自身だけが知らない。

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