12 / 17

10.未熟な僕らと成熟したキミ

見えてきた。 ――氷のドームだ。 あの中にユーリがいる。 小さな体を一層縮こまらせて、寒さと孤独に震えているはずだ。 「チッ……ミノタウロスだ。全部で10体。家を囲ってやがる」 「っ!」 「俺が注意を引きつける。その隙にお前が――おい!!」 空飛ぶレイ殿を追い越して、氷のドームの前へ。 レイ殿の予告通り、ミノタウロスがいた。 牛の頭を持つ人型の魔物。背丈は僕の2倍だ。 ドームを破壊しようと、殴ったり、頭から突っ込んだりしている。 あの中にはユーリが。 怒りと殺意で、頭がいっぱいになる。 ダメだ。落ち着け。剣が乱れる。 先生から貰った数少ない教えを反芻して、構えた。 「「「っ! ……???」」」 魔物の胸を、次から次へと突いていく。 全部で10体。――これで全部だ。 筋肉と骨の隙間に差し込んだサーベルを、音もなく引き抜く。 「「「がっ!? ……はっ……」」」 魔物達が膝を折って、崩れ落ちていく。 いずれもさしたる抵抗もなく死んでいった。 「心臓を一突きか。見事なもんだ」 レイ殿が合流する。 ひらりと地上に降りて、死骸を確認し始めた。 「おまけに、ほぼ無血ときたもんだ」 「子供の前ですから」 「おいおい。ちと過保護が過ぎるんじゃねえか? アイツは曲がりなりにも、自警団でキャリアを積んできてるんだ。そこいらのガキとはワケが――」 「お手数ですが、死骸の処理をお願いします」 「~~っ、お前、ちょいちょいシカトかますよな」 小屋の出入口付近の氷を切り刻んでいく。 慎重に。ドームを崩さないように。 「あの巨体でもヒビ1つ入らなかった氷をサクサクと……。はっ、頼もしいったらないね~」 背後でメキメキッと何かが砕ける音がした。 濃い土の香りがする。 振り返ると、少し離れたところに大穴が開いていた。 あの中に死骸を埋めるつもりなんだろう。 『よろしくお願いします』 心の中で再度お願いをして、氷を削り続ける。 「っ! よしっ」 開通した。 ドアノブを掴んで、ぐっと奥に押し込む。 「ユーリ!! あっ……」 リビングには毛布の塊が。 暖炉の前でカタカタと小さく震えている。 「ユーリっ……、ごめん……ごめんね」 後ろからそっと抱き締めた。瞬間――。 「っ!!! 離せ!!!」 暴れ出した。 混乱しているのかな。 抱擁を解くべきか悩んでいると、毛布がはらりと落ちた。 煌々と燃える暖炉の火が、紅色の髪を淡く照らす。 「離せって……言ってるだろ……」 「ユーリ……」 勢いよく鼻を啜る彼を、一層強く抱き締める。 触れた頬は冷たくなっていた。 冷気のせいじゃない。涙のせいだ。 彼は泣いていたんだ。 ずっと独りで。 「嫌なこと、思い出させちゃったね」 「~~っ、うるせえ!! アンタに何が……っ」 ユーリがボロボロと涙を流し始めた。 目尻にキスをしかけて――止める。 この子は弟じゃない。 他所(よそ)の子だ。 けど、……じゃあ、どうしたら? どうやって励ましたらいいんだろう? 代案が浮かばず、ユーリを抱き締めたまま途方に暮れる。 思えば僕は、身内以外の子供と接したことがなかった。 弟子を貰った経験もない。 先生を真似ようにも、(ろく)に指導も受けてないし。 『どうしよう』 漏れかけた不安を、ぐっと呑み込む。 今更になって自覚した。 僕には圧倒的に経験が不足している。 こんな僕に務まるのかな。 この子の、『救国の勇者』の先生なんて。 「いーからほっとけよ!! この――」 「バーカ。踊らされてんじゃねえよ」 口火を切ったのは、レイ殿だった。 手触りのよさそうな黒い坊主頭を掻きながら、僕とユーリを見下ろしている。 「どっ、どういう意味だよ!」 「言葉の通りだ。ったく、ヤツの思惑にまんまと乗せられやがって」 「ヤツ?」 「魔王だよ。聖女エレノア様を(さら)った、あの魔物だ」 「っ!!!」 ユーリが目を見張る。 凄い。レイ殿の言葉、ちゃんと届いてるんだ。 僕はユーリを抱き締めたまま、レイ殿に全神経を集中させた。 同じ指導者として、彼から学ぶべきことが沢山ある。 そう確信してのことだ。 「あの魔物の狙いはお前の『自滅』だ。このまま俺とウィリアムが(さじ)を投げたら、テメェはどうなると思う」 「そっ、それは……」 「テメェは親や仲間の(かたき)も取れねえまま、()いた女も助けられねえまま、魔物に食われてそれで終いだ」 「…………」 ユーリは反論しなかった。 けれど、納得もしていないみたいだ。 全身のこわばりが、それを物語っている。 まだ、足りない。あと一歩。 「俺達はお前の家族でもなければ、仲間でもねえ。仇が同じなだけの、ただの他人だ」 「ただの……他人……」 「そうだ。だから、俺らはお前を鍛える。自分らの仇を取るためにな」 「…………」 「使えるもんは何でも使え。お前はただ目的を果たすことだけ、考えてりゃいい」 「ん……」 ユーリは短く返事をした。 彼は何処かほっとしているようだった。 ――凄いな、と改めて感服する。 貴方の優しさに救われている。 僕もそうだった。 貴方はとても上手にその優しさを隠す。 それもまた、貴方の優しさなのか。 それとも、単にそういう性分なのか。 どっちにしろ素敵だなと思う。 「分かったな」 「……おう」 「なら、とっとと寝ろ。背、伸びなくなるぞ――」 「~~っ! おい!!」 「あ?」 「ぜってー強くなってやるからな!!! 今に見てろよ、このハゲ!!!! ……と、えと……くっ、!!!」 「くっ、唇……?」 「ぶっ!? ははっ!!」 レイ殿が吹き出すように笑った。 そんなに分厚いかな……? 親指で感触を確かめていると、ユーリが駆け出した。 毛布を被ったまま走り去るその姿は、何だかお化けの仮装みたいで――思わず笑ってしまった。 同調するように、レイ殿が一層大きく笑う。 遠くで扉が閉まる音がした。 ユーリが書斎にこもったことで、僕らはまた2人きりになる。 「歩みを合わせる、ってことですよね?」 無粋だと思いつつも、訊ねてみた。 どうしても確かめておきたくて。 レイ殿は笑顔を引っ込めて、小さく頷く。 「死んだからって無理に塗り替える必要はねえ。今のアイツには、まだ……必要なもんだ」 「……そうですね」 「さ~て、俺らも寝るぞ」 大あくびをするレイ殿に続いて、僕もベッドへ。 間は2メートルほど。それなりに近い。 小声でも話すことが出来るだろう。 もう少しだけ話したいな、なんて思っていたら――レイ殿は僕に背を向けて、静かに寝息を立て始めた。 「……っ」 開きかけた口を噤んで、天井を見上げる。 これから僕がを、 ――考えかけて、止めた。 もう寝よう。 そう決めて目を閉じる。 だけど、全然眠くならない。 もたついている間に朝を迎えて、結局一睡もすることが出来なかった。 ――1週間後の午後。 僕は小屋の玄関で、レイ殿から見送りを受けていた。 「思いっきり発散して来いよ」 「……ええ」 レイ殿の顔は――見れなかった。 今夜、僕は……顔も名前も知らない男性とセックスをする。 そこに愛はない。 互いの義務に従って、体を重ねるんだ。 ――あの日、レイ殿と僕がそうしたように。 「…………」 そう。同じだ。きっと出来る。 それで終わったら、同じようにそわそわして……寂しくなる。 (あのひと) と違って、僕は肌を合わせた相手には誰彼構わずを抱いてしまうんだと……そんな確信を得られるはずだ。 そうじゃないと困る。 だって、これから先もずっと……貴方と暮らしていくんだから。 「……とっとと行けよ。ガキにバレんだろうが」 「……はい。それじゃあ、いってきます」 僕は逃げるように小屋を出た。 目と鼻の奥が熱い。 きっと、ゴミが入ったんだ。 苦しい言い訳を重ねながら走り続ける。 『夜の蝶』が待つ館に向かって。

ともだちにシェアしよう!