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11.夜の蝶

「……ここか」 指定された場所は、とある山奥にある小さなお屋敷だった。 表向きの所有者はとある商人。 本当の所有者は、僕らのブレーン――ミシェル・カーライル様。 ここは……であるらしく、不干渉が徹底されていた。 出迎えてくれた年老いた家令も、3人のメイド達も、ただの一度も僕の名前を口にせず、ちょっとした雑談も、ほんの(わず)かな好奇心すらも覗かせてくることはなかった。 「2人にも……教えてあげたかったな……」 赤い天幕をぼんやりと見上げる。 白い寝巻に覆われた足をバタつかせると、ふわりと甘い香りがした。 甘いものは好きだ。 けど、香水となると話は別。 自分の体をお菓子に見立てて誘っているような……。 そんな(よこしま)な意図を感じて、僕はどうにも好きになれずにいた。 「……早く帰りたい」 つい本音が零れる。 その時――。 「っ!」 足音が聞こえてきた。 ミシェル様が手配してくれた男娼かな? だけど、妙に軽い。 男性でお願いしたはず……だよね? 確かに、『秘密を守ってくれるなら、どなたでも』なんて投げやりなオーダーをしてしまったけど…… まさか――。 「子供……?」 キィっと控えめな音を立てて扉が開く。 そこに立っていたのは―― オレンジ色のくるんとしたくせっ毛が目を惹く、可愛らしいだった。 「きゃーー♡♡♡ ホントにウィリアム様だぁ♡♡♡」 ♡をばらまきながら駆け寄ってくる。 はっとした時には既に遅く、彼は僕の隣へ。 ベッドをギシリと軋ませていた。 「お胸広~い♡♡♡ お腹もかっちかち♡♡♡」 有無を言わさずベタベタと触ってくる。 不思議と性的な意図を感じない。 でも、彼もまた寝間着姿で。 ここに来た目的は、火を見るより明らかだった。 「君、いくつ?」 「ウィリアム様と同じ、20歳だよ★」 本当に? もっとずっと幼く見える。 同い年にはとても……。 「『こんなんで俺を抱けるのか?』って思ってるでしょ?」 「えっ? あっ……!」 視界が傾いて――押し倒された。 脚はベッドの外に投げ出されたまま、柔らかな羽毛布団に背中を包まれる。 「安心して。オレ、こう見えてちょー巨根だから♡」 不意に手の平に生温かなが。 何だろう? ずしりと重たい――。 「あんっ♡」 「っ!?」 ぐりっと擦り付けられたことで、僕は(ようや)くそれが何なのか理解した。 慌てて手を引くと、可笑しそうにケラケラと笑われる。 「可愛い♡♡」 不思議だ。いや、正直言うとちょっと怖い。 無邪気で本物の少年みたいなのに、その藍色の瞳の奥には鮮烈な色香がある。 『この人はプロなんだ』と今更ながらに実感した。 ベッドの上では、この人には絶対に敵わない。 僕なんかきっと赤子同然だろう。 「勿論、後ろにも自信あるよ。オレ、ウィリアム様になら抱かれてもいいけど……どうする?」 心が揺らぐ。 そっちに逃げれば言い訳が立つんじゃないか? 結論を先延ばしに出来るんじゃないか? ……って。 まったく……往生際が悪いのにも程がある。 小さく首を左右に振って――口を開く。 「抱いて、ください」 「ふふっ、うん。いいよ」 彼の細くてなめらかな指が、僕の唇に触れて――そっと顔を寄せてきた。 僕はキツく目を閉じる。 大丈夫だ。 ここを乗り越えれば、きっと。 あの日と同じ気持ちになれるはず――。 ――ウィリアム 止めて。 ――ウィリアム 止めてください……っ。 レイ殿の姿が、目に浮かんでは消えていく。 海のように深い愛情を秘めた……不愛想な人。 あの呆れ半分な笑顔が、何だか無性に恋しくて。 『「ウィリアム」』 レイ殿の声と、目の前にいる彼の声が重なり合っていく。 嫌だ。 嫌だ……。 ~~っ、嫌だ!!! 貴方を――忘れたくない。 「えっ……?」 「……ごめんなさい」 気付けば僕は――彼の肩を押していた。 明確な拒絶。 自分からお願いをしておいて……失礼にも程がある。 僕は堪らず、もう一度謝罪の言葉を口にした。 すると、彼はまた笑った。ケラケラと可笑しそうに。 「やっぱワケありだったか」 「……ほんとにすみません」 「いーよ。その代わり~、教えて♡」 「なっ、何を?」 「好きな人!」 すきな、ひと……? 好きな……っ!!! 言葉を咀嚼(そしゃく)しかけて――吐き出した。 「っ、違います! 彼はそんなんじゃ! かっ、彼はただの同僚で――」 「おぉー! 超特大ヒント!」 「あっ……」 「へぇ~? ああいうワイルドなのがいいんだ」 「わっ、あっ……!」 「だから、オレが呼ばれたわけね~。納得ぅ~」 起き上がってみたものの、動揺して思うように言葉を(つむ)げない。 こんなの初めてだ。僕はどうしたら。 「ふふっ♡ 顔真っ赤! ほんっと可愛いんだからっ♡♡♡」 「~~っ、よしてください」 最悪だ。 ――勘違いだった。 それを確かめるためにここに来たのに。 これじゃもう……逃げられないじゃないか。 「でもさ、どうするの? ウィリアム様は、兎にも角にも発散しないといけないんだよね?」 「っ!」 そうだ。そうだった。 僕の一番の目的はそれだ。 きちんと発散して、もう1人の自分を抑え込まないと。でも――。 「へへへっ♪ オレに名案があるんだけど……聞く?」 「っ! ほっ、ほんとう!?」 「うん。ちょっと耳貸して♡」 言われるまま、彼の提案に耳を傾ける。 嬉々として語られたその内容に、僕は堪らず眩暈(めまい)を覚えた。 「声、抑えちゃダメだよ♡ 思いっきり感じて、思いっきり出してね♡♡♡」 彼は僕の耳元でちゅっと音だけのキスをすると、羽ばたくような軽い足取りで部屋の奥へと向かって行く。 「あ、そうそう! 後ろもちゃんと弄るんだよ~」 「なっ……!」 「安心して。出なかったら、その時はオレがちゃ~んと手伝ってあげるから♡♡♡」 彼はひらひらと手を振って、書斎の扉を締めた。 ベッドに1人残された僕は、おろおろと周囲を見回して――自身の下腹部に目を向ける。 「~~っ、やるしかない……よね」 、後は彼が何とかしてくれると言っていた。 彼は文字通りのプロだ。……信じよう。 枕を重ねて背もたれに。 白い羽毛布団を足元に押しやって、ベッドに寝そべる。 「……っ」 僕はきつく目を閉じつつ、両足を大きく開いた。 そして、薄くひらひらとした寝巻の裾を――(めく)り上げる。

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