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12.秘め事(★)

――あれから20分後。 「んっ♡ あっ! あぁっ……!!」 僕は1人、ベッドの上で自分を慰めていた。 竿を上下に扱きながら、後ろの穴に指を2本咥え込ませている。 どっちの手も止まらない。 まるで取り憑かれているみたいだ。 自慰は苦手だった。 汚くて、浅ましくて。 なのに、あの夜の記憶をなぞると自然と手が動いて――ただひたすらに、快楽に溺れることが出来た。 「レイ……っ、レイ……レイ……ぁ……っ!」 一度だけ。 そう決めて呟いたはずの名を、何度となく口にする。 ダメだ。 レイ殿にその気はない。 ただの同僚に戻らないといけない……のに。 心も、体も、貴方を求めてしまう。 「ごめん、なさ……ごめんなさい……っ」 レイ殿の声に、体温に、感触に溺れたまま果てた。 ぼんやりと手のひらに広がる白濁を見下ろす。 汚い。どうしようもなく。 これは――罪の証。 僕は、貴方の善意を踏みにじったんだ。 「終わったー?」 「っ! はっ、はい……」 「ああ!! 拭いちゃダメ! そのまま!!」 奥の書斎から、オレンジ髪の彼が顔を出す。 手には……小さなデザートプレートとスプーンが。 お菓子でも食べてたのかな? 「おほぉ~♡ やっぱ若い子のザーメンはいいねえ! ジジイのとは大違い♪」 何をするのかと思えば、僕のそれをスプーンで掬い始めた。 手の平や性器の上を、金色のスプーンが滑って。 「っ!? しょっ、食器でそんな――」 「ワガママ言わないの。ほらっ、どいてどいて~」 言われるままベッドから降りると、彼は僕のそれをシーツの上にトッピングし始めた。 シーツや枕をくしゃっと握ったりして、事後感も見事に演出していく。 「ははっ! けっこー激しめ? や~ん、えっち~♡♡」 「本当にありがとうございます。あの……えっと……」 そうだ。 まだ名前を聞いていなかった。 「ごめんなさい。今更ですが、自己紹介を――」 「チャーリー♡」 「遅ればせながら、ウィリアムです」 「えへへっ♡ 超~~存じ上げてますよ、剣聖様」 「その……改めてありがとうございました――」 「はい、じゃ座って~」 「???」 流れるようにソファーに座らされた。 隣にチャーリーが腰かける。 僕は依然、頭に疑問符を浮かべたままだ。 「まずは現状の確認ね。ちょっとは可能性ある感じ? それとも完全に?」 「まっ、待ってください! 僕は別に――」 「ウィリアム様ってさ、ぶっちゃけ恋愛初心者でしょ?」 有無を言わさずに、ズカズカと入り込んでくる。 この勢い……お節介焼きなところは、ゼフやアーサーに通じるものがある。 「あ! もしかしなくても、レイモンド様が初恋?」 「……っ、名前は……出さないで」 「レイモンド様、レイモンド様、レイモンド様ーー!!!」 「~~っ、勘弁してよ」 なんて言いながらも、僕の口元は緩みに緩みまくっている。 これまでずっと『聞き役』だった。 それで良かったし、不満もなかった。 ……はずだけど、やっぱり僕も語りたかったんだな。 好きな人のことを。 彼らのように。ありのままに。 「恥ずかしがってる場合じゃないよ!! ほらっ、全部話して!!」 チャーリーがまた水を向けてくれた。 話すだけなら、いいよね? レイ殿とは、変わらず同僚のままでいる。 ただ、そのためにも……少しだけ夢を見させてほしい。 胸の内でレイ殿と、チャーリーを紹介してくれたミシェル様に謝りながら、ぽつりぽつりと語り始めた。 ――それから2か月。 僕は週に2回のペースで、あの屋敷を訪れた。 自慰の形で発散しつつ、チャーリーと愛を語らう。 お陰で僕は、夢に浸ることが出来た。 チャーリーの言うテクニックを実践したら、レイ殿を振り向かせることが出来るんじゃないか。 彼と(つむ)いだ甘い妄想が、現実になるんじゃないかって。 でも――。 「おう。昨日もお楽しみだったみてーだな」 「……ええ」 「ったく、(うらや)ましいね~。と顔を合わせるたび、夢と現実の落差に打ちのめされた。 チャーリーに教えてもらった『嫉妬のサイン』なんてどこにもない。 変わらずなんだと痛感する。 「……これ、ハーヴィー様からです」 「悪いな」 麻袋を手渡す。 小麦色の手は――(わず)かも触れなかった。 下心に震える僕の手は、虚しく空を掻く。 ダメだ。どんどん欲張りになっていく。 諦めなきゃいけないのに、どんどん好きになって。 こうしている今も、貴方に触れたくて仕方がない。 これじゃ本末転倒だ。 僕は何をやっているんだろう。 「おぉっ! 干し肉! 羊皮紙もあるな。ありがて~」 袋の中には、レイ殿がリクエストした品々が詰まっている。 彼は街で買い物をすることが出来ないから。 魔王との戦いで――から。 僕らはユーリの養育に専念するために、戦場から退く必要があった。 僕は中立派……ハーヴィー様の配下だから、『療養』で通すことが出来る。 でも、レイ殿はそうはいかない。 名目上、彼はどこの派閥にも属していないけど、低い身分の勇士達――所謂 λ(ラムダ) の扱いを巡って、国王派と度々対立している。 当然、国王派からレイ殿に向けられる目は厳しく、病気や怪我を理由に戦線離脱を容認してくれるとは……とても思えなかった。 一度戦場に立てば、賢者と言えど命の保証はない。 レイ殿が死ねば、この計画は立ち行かなくなる。 だから、やむを得ず死んだことにした……というわけだ。 結果として、僕にとっても都合が良かった。 レイ殿が僕以外の誰かと肌を合わせるなんて……そんなの耐えられそうにないから。 「あ? チッ、ダリィ~……」 「? どうかしたんですか?」 「ミシェルからの呼び出しだ。来週、1~2日ユーリと留守番を頼めるか?」 「えっ……ですが、レイ殿は――」 「(ひげ)剃って、めかし込んで来いとさ。くそっ……ナメやがって」 袋の中には、金髪のウィッグが入っていた。 リスクに見合うだけの備えは、しっかりとされているみたいだ。 だけど、僕は? 僕の中にあるこの狂気はどうしたら……? 「……留守番の件、お断りします」 「あ?」 「危険すぎます。ユーリに万一のことがあったら――」 「あれから2か月、ヤツは一度も出てきてねえ」 「そう……みたいですけど……」 「前に言ったろ。ヤツが生れた原因は、お前の過度な『抑圧』だって」 「…………」 「今はこうして、真面目に発散させてるんだ。心配はいらねえよ」 言いたいことは山ほどあった。 けど、言えない。バレてしまうから。僕の悪行の数々が。 「頼んだぜ」 俯く僕の肩を、レイ殿が力強く叩いてくれる。 僕はそんな激励に対して――ただただ頷き返すことしか出来なかった。

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