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知りたいこと

 荒い息を整えながら、互いに体を離す。  鉄扉の向こうから、低い機械音が漏れていた。  克巳は淫液で濡れた下着を無理やり穿き、部屋を出る身支度を整える。  英司は克巳の腕をそっと取る。  「歩けますか」  まだ熱の気配が残る声がやけに耳の中で響く。  足元はまだ覚束ない。  関節の奥が火照り、脚が微かに震える。  「……だいじょうぶ、です」  そう答えたが、すぐに体が傾いた。  英司が慌てて肩を支える。  手のひらが触れるたびに、体の奥に残る熱が疼く。  漂うフェロモンが体を離さない。  扉を開けると冷たい空気が流れ込んだ。  通路には、ひとりの男が立っている。  「……木嶋」  克巳が名前を呼ぶと、木嶋は跳ねるように顔を上げた。  「っ……二人が整備室に入っていくの見えてさ。全然帰ってこないから……心配で」  声が上擦っている。  笑っているようで表情が固く、頬が赤い。  きっと、何があったのか聞こえていたのだろう。  英司が一歩前に出て、克巳を庇うように立つ。  「彼は体調を崩していますので、今日は早退させます」  「……あ、ああ、そうっすか。無理すんなよ、城谷」  木嶋は視線を逸らして去っていった。  鉄扉が閉まると、英司は短く息を吐いた。  「すみません。少し……騒がせましたね」  克巳は首を振る。  「……俺の方こそ、すみません」  言葉を交わすうち、英司の手が克巳の腰を支えていた。  その手が、やけに力強かった。  ◇  プラントを出る頃には、雨は小降りになっていた。  街灯の下で、舗道が鈍く光る。  「タクシーを呼びます。もう少しだけ歩けますか?」  「……はい」  足取りはまだ不安定で、英司が肩を貸す。  外の空気は冷たいのに、体の内側は熱く濡れたままだった。  車内に乗りこむと沈黙が続いた。  ワイパーが窓を横切るたび、英司の横顔が街の灯を反射する。  振動で揺れる視界が、先刻の情事を思い起こさせる。  身じろぐたびに、わずかに股座から水音が聴こえる。  羞恥で顔が熱い。  視線を落とすと、ブレスレットのランプが小さく点滅していた。  「……まだ少し数値が高いですね」  英司は克巳の頬を撫でた。  触れた体温に肌が粟立つ。  「……どこ、行くんですか」  「ぼくが滞在しているホテルです。早くあなたを休ませたい」  「……そんな、そこまで」  「ぼくのΩですから」  英司は淡々と答える。  克巳の心臓が跳ねた。  ◇  ホテルの部屋は、白で統一された上質な空間だった。  英司は濡れた帽子や衣服を脱がせ、タオルで体を拭く。  「自分でできます」  「知ってます。でも、お世話をするのは当たり前でしょう」  その言葉に、克巳は返す言葉を詰まらせた。  英司は丁寧に手を動かしながら続ける。  「ぼくは研究所の管理下にあるαです。かなり強い個体だと聞かされています」  「強いって、どういう」  「αとしての機能値……知能値とか、フェロモンの量です。実感はなかったんですが、おそらく精力も。……あなたに無理をさせたなら、申し訳ない」  「……そんなこと……いや、あるか」  英司の真面目な表情に、思わず笑いが漏れた。  「αって、みんなあんたみたいなんですか?」  「どうでしょう。ぼくは他のαに会ったことがありませんから」  英司はわずかに目を伏せた。  「他のαも克巳さんのこと好きになっちゃうのかな、それは嫌だな」  額に口づけが落ちる。  伏せた睫毛が、微かに震えた。  「……こんなに克巳さんに惹かれるのは、αだからでしょうか」  英司の微笑みはどこか寂し気で、それが余計に心を揺さぶる。  「……英司、さんのこと、もっと知りたいです」  「英司でいいですよ。きっとぼくの方が年下ですよね。……敬語なんてやめて、さっきみたいに話してください」  耳元で艶っぽく囁かれ、激しい熱の感覚が蘇る。  「……そういうの、やめろ」  「克巳さんは照れ屋なんですね。さっきはあんなに大胆だったのに。どっちが本当の克巳さん?」  言葉を交わすうちに、距離が自然と縮まっていく。  英司は克巳の手をとり、ベッドの縁に並んで座らせる。  「話しませんか……お互いの、本当のこと」  惹かれ合うように眼差しが絡まる。  英司の指先が克巳の頬に触れ、唇が近づいたその瞬間——  ピッ。ピピッ。  ブレスレットが赤く点滅する。  英司は反射的に端末を確認した。  通話が自動で接続される。  『桐生英司さん。現在、あなたのホルモン値が上昇しています。Ωとの性交渉は禁止事項です』  「……監察官さん、さっきは見逃してくれたじゃないですか」  『ログは確認済みです。番になる前に、Ωとともに研究所で検査を受けてください。以上です』  突然の通信は一方的に切れた。  驚きに目を見開き、克巳が声を上げた。  「ログとられてるのか。じゃあさっきの、筒抜け……」  「そうですね、きっと音声も聞かれてるんじゃないかな」  英司はあっけらかんと答え、小さく笑った。  「……じゃあ、二人で逃げますか?」  「…………は?」  「ぼく、山奥にコテージを持ってるんです。愛の逃避行にはぴったりでしょ」  克巳は呆れたように笑う。  「……俺、虫とか無理」  「ぼくもです」  互いに視線を交わして、ふっと笑い合う。  沈黙のあと、克巳が口を開いた。  「……研究所、行くか」  英司は少し驚いた様子で問う。  「いいんですか」  「俺は……Ωだってことを受け入れたいから。番とか、そういうのもちゃんと知りたい」  小さく「なるほど」と呟くと、穏やかに笑う。  「分かりました。あなたがそう望むなら、ぼくは一緒に行きます」  英司に手を引かれ、バスルームで体を隅々まで洗われる。  特に胎内は長い指で丹念に清められた。  「痕跡が少しでも残ってると、あの人たちに調べられちゃうから。ピカピカにしていきましょう」  涼しい顔をしているが、逸物は硬く勃ち上がっている。  かく言う克巳自身も、ゆるくもたげ、後孔を潤ませてしまう。  次はいつ注いでもらえるんだろう。  湧き上がる欲望に迂闊に触れたら、また止まらなくなる。  手を強く握り込み、シャワーの音が止むまで時間をやり過ごす。  外では、雨が止んでいた。  月明かりが濡れた地面を白白と照らしていた。

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