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第6話 俺と付き合ってみない?
今日のカイは店番をキキに任せて、売り場の奥の作業場で、魔石の加工作業をしていた。
仕入れてきた魔石は、原石のまま魔力補充用に、魔術師が消耗品として使う事も多いのだが、元は綺麗な宝石や天然石だ。
ちょっとした加工で、アクセサリーとして身に着ける魔道具にもなる。
一回限りの消耗品としての需要ばかりではなく、身に着けることで掛けられた魔法を維持する道具にもなるのだ。
カイも両耳に魔石で出来たピアスを嵌めていた。
衣服に隠れてしまっているが、首にもペンダントを付けている。
ピアスもペンダントも、アレキサンドライトによく似た色合いの美しい輝きを放っていて、カイの大事な魔道具だった。
この二つの魔道具は両親の遺品で、カイの狐の耳と尻尾を隠す目眩ましの魔法を維持している。
魔石はその他にも粉末状にして薬にしたり、魔術師以外の一般人にも馴染みの深い物だった。
カランコロンと、店のドアを開けるベルの音がして、店番をしていたキキが弾んだ声をあげる。
「いらっしゃいませ」
可愛らしい少女の声で来客を迎えたキキは、人間の少女の姿に化けて店員をしていた。
入って来た背の高い男を見て、キキが驚いている。
「あなたは先日のお客様ですか?」
「可愛らしい子猫ちゃん。店長さんはいるかな?」
聞き覚えのあるキザったらしい声に、ムッとしながらカイは売り場に顔を出した。
「今日は何のようだ?」
じっとりとした目で見つめてしまったのは、仕方がないだろう。
そこにいたのは大輪の花束を持った、スノウだったのだから。
「ご主人様に命令された、俺の素行調査とやらは終わったんだろう?」
「うん、そうね」
「だったら、もう用はないだろう?」
シッシと追い払う仕草をするカイに、スノウは花束を手渡す。
「俺と付き合ってみない? 恋人として」
「は?」
(頭でも打ったのか、こいつ)
予想外のセリフに、カイは驚きと呆れが入り混じった、複雑な顔をしてしまった。
「カイのことが忘れられなくて、会いに来ちゃったんだよね。カイって綺麗だし、腕っぷしも強いし、すごく優しいし」
「それだけじゃないだろう?」
(何を言い出すやら)
渋い顔をして眉間にしわを寄せてるカイを見て、スノウは困ったなと後頭部を掻いた。
「……参ったな……さすが魂喰い の魔術師。二つ名は伊達じゃないな。そんな所も気に入ってるんだよね。カイのこともっと知りたいって思っちゃったんだ。これは本当」
「目的は何だ?」
観念したのか、スノウは口を開く。
「……隷従の首輪を、外す手伝いをして欲しい。カイの実力を見込んでのお願いだ。コカトリスをソロで倒せる程の魔術師なら、解術も出来るよね? ……隷従の首輪を外してくれれば、俺の愛をあげる。一生かけて尽くすから」
カイは「はー」って大仰な溜息をつく。
「大した自信だな。俺があんたの恋人になるわけないだろ」
「絶対、カイは俺のことが好きになるよ」
「隷従の首輪を外して欲しいなら、愛はいらない。金を寄越せ」
バッサリ切り捨てられて、スノウは苦笑する。
「やっぱり金か……カイは優しいから、恋人のお願いは聞いてくれると思ってたのに」
「タダで出来るわけないだろう? 俺だって金がいるからな」
さすがにカイも呆れてしまった。
スノウは持っていたバッグの中から、革袋を取り出す。袋の中には金がずっしりと入っていた。
「俺の全財産。両足の隷従の足輪外すのにお金使っちゃったから、まだこれしかないんだ。あと両腕に二つ、首に二つ。四つ残ってるから、全部外す頃には、おじいちゃんになっちゃいそうなんだよね」
サラリと告げられて、カイはギョッとする。
「四つって……」
普通の獣人奴隷に付けられている隷従の首輪は一つだ。それが四つ、既に外した分も合わせると六個も嵌められてたなんて。
(スノウのご主人様は余程スノウを警戒しているのか、あるいは……執着してるって事か)
「ご主人様は金も女遊びも、好きにして良いって言ってるんだけどね」
スノウは何でもない事のように言うけれど。
奴隷である身分で、本来そんな自由は許されない。
(手元から逃げないなら、何をしていても構わない……でも絶対に離れる事は許さない。そんな執念深さを感じる)
カイは眉間にしわを寄せると、スノウに革袋を突き返した。
「あ……これじゃ話にならない? 頑張ってカイの為に稼ぐから、前金として受け取って欲しいな」
カイは無言でスノウの左手を掴む。
その瞬間、手首に嵌っていた隷従の腕輪が輝いた。
光が消えると、カイはスノウに言う。
「その隷従の腕輪は解除した。もう自由に外せる筈だ」
「え?」
スノウは左腕の腕輪を外す。
簡単に外れた腕輪を見て、信じられないと言いたげに、目を見開いていた。
「それはもうただの腕輪だから、ご主人様に外したことがバレないように、取り敢えず付けて置いた方が良い」
「カイ……ありがとう!」
驚きつつスノウは感激している。
目元にじんわりと涙が浮かんでいる姿を見て、カイは複雑な気持ちだった。
砂塵の白狼と呼ばれる程の男が、泣きそうになっているのだ。
スノウにとって隷従の腕輪がどれ程の枷だったのか、痛いほど伝わってきた。
「一つ外してやったんだ。オークションに次いつアレキサンドライトが出品されるか、分かる度情報を教えろ」
カイが思わず突き放つような、ぶっきらぼうな言い方をしてしまったのは、隷従の腕輪を簡単に解除出来ると、スノウに当てにされては困るからだった。
奴隷を縛り付ける魔道具が、そんなに簡単に外せるわけがない。
魔力の消費量は凄まじく、カイほどの魔術師であっても、一度にそう何個も解除出来ない。
カイには常時目眩ましの魔法を掛けて、狐の耳と尻尾を隠し続ける必要もあるからだ。
魔石のピアスとペンダントで補助してるとはいえ、正体を晒す危険を冒す必要はない。
そこまでの情はないと思いたかったのだが、嬉しそうなスノウを見ていると、複雑な気持ちが湧いてくる。
「分かった。愛するカイの為だから、俺、頑張っちゃうよ」
「あんた……調子いいな。自分の為だろうが……」
呆れるカイにスノウは心底嬉しそうに微笑む。その微笑みはまるで花が咲いたみたいな笑みで、一瞬カイは目を奪われてしまった。
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