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第7話 餌付け

 カイがスノウの隷従の腕輪を解術してやって以来、スノウは頻繁にカイの店に顔を出すようになった。  今日も最近街で人気のお菓子を手土産に、店の中に入って来た。 「はい、キキちゃん。どうぞ。ララも食べるかな?」 「ありがとうございます! スノウさん。今お茶をお持ちしますね!」  すっかり店番をしているキキとララにも懐かれて、スノウはご蔓延な顔をしている。  (本当に愛想良く、相手に取り入るのが上手いな……)  カイには絶対に真似が出来ない。  (これもある種の才能ってやつか?)  カイはスノウをまじまじと観察していた。 「明日のオークションに、入荷したばかりの大きなアレキサンドライトが出品されるよ」 「ありがとう、明日か……」  意外にもスノウは律儀に約束を守って、カイにアレキサンドライトの情報提供をしていた。 (残りの隷従の首輪を外してほしいって、下心満々なんだろうけど……)  カイには年の近い友人はおらず、スノウが顔を出しに来るのが、少し楽しみになっていたのだ。  普段のカイは他人との接触を極力避けてきたので、こんな新鮮な気持ちになったのは、両親がまだ存命な頃以来かもしれなかった。  (寂しかったわけじゃないけど……)  カイにはどうしても叶えなくてはならない事があって、その為には絶対に自分の正体を晒すわけにはいかないのだ。  他人との距離が近くなれば、正体がバレるリスクが高くなる。  親しい友人も作らず、他人と馴れ合わない。それがこの街で生きていく為のルールだと、カイは思っていたのに。  (スノウに会うと調子が狂う)  自分の中のルールが揺らぎそうで、少し怖さを感じる。  その反面、楽しみにしてる気持ちもあって、カイは複雑な感情を持て余していた。  そんな時、カランコロンとベルの音がして、店のドアが開いた。 入って来たのは、みすぼらしい服を着た獣人の子供だった。  隷従の首輪を嵌めている獣人の子供は、誰かに飼われている奴隷だ。  子供はスノウの姿を見つけると、ビクリと身動いで、慌てて店から出て行こうとする。 「この男は大丈夫だから。こっちにおいで」  カイが声を掛けると、子供はおどおどした様子で、恐る恐る近寄ってきた。 「キキ、この子にパンとミルクを用意してあげて。スノウに貰ったお菓子も」 「分かりました。さぁ、こっちに来て下さいね」  キキは店の奥に子供を招くと、椅子に座らせてパンとミルクを差し出す。  子供は笑みを浮かべて、ガツガツと夢中になって食べ始めた。 「あの子は? まさか……カイの奴隷?」  どこか非難するような強いスノウの眼差しを感じて、カイは即答する。 「違う。あの子はうちの店の前で行き倒れてたんだ」 「行き倒れ?」 「主人に満足に食事を与えられていないようで……空腹のあまり倒れてた」 「それで……カイが食べ物をあげてるのか……」  神妙な顔をして、パンを食べている子供の様子をスノウは見つめていた。 「ただの餌付けだ……」  カイはぶっきらぼうにそう言ったけれど。  食事を終えた子供はカイの元へ来ると、ペコリと頭を下げた。 「カイ様、ごちそうさまでした」 「お腹が減ったらまたおいで」  カイは穏やかに微笑むと、小さな飴玉が入った缶を渡した。 「来られない時は、これを食べるといい」 「ありがとう! カイ様!」  子供は目をキラキラ輝かせて、とても嬉しそうだ。  出会った頃は曇っていた子供の瞳に、生気が戻った事がカイにも嬉しい。 「今度は……仲間を連れて来ても良い? 俺の他にもいるんだ」 「構わないよ」 「ありがとう!」  子供は嬉しそうに再び頭を下げると、元気良く店から出て行った。 「……カイは……そんな顔も出来るんだな……」  ふとスノウの呟きに振り返ると、カイを真っすぐに見つめる紺碧の目が合った。  スノウの言う意味が分からず、カイは首を傾げる。 「カイは……笑ってる方が似合ってるよ」  目を細めるスノウの眼差しが熱を帯びている気がして、カイは慌てて顔をそらした。 「カイだったら……あの子を自由にしてあげられるんじゃない? 隷従の首輪さえ外せば、あの子は自由になれるでしょ?」  スノウの問いに、カイは首を横に振る。 「外す事は出来ない。俺には……あの子の人生の責任は持てないから。隷従の首輪さえ外せば、確かにあの子は自由になれるだろう。だが……その後どうする? 小さな子供には故郷に帰る術はない。親も生きているかどうか……スノウ、あんたみたいに……あの子が大人になり、自分の力で生きる事が出来るようになるまで……今はどうしてやる事も出来ない。冷たいだろうが……俺にはあの子の人生を引き受けられない……」  「……俺は冷たいとは思わないよ……王都には、ああいう子供は数え切れない程いる。その全てを救えない事くらい……俺だって知ってるもの」  同じ獣人奴隷であるスノウには、カイの言う事が理解できるようだった。

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