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第10話 洞窟探索
馬を走らせカイとスノウがたどり着いたのは、比較的王都に近い山腹だった。
最近土砂崩れが起こり、地中に埋まっていた洞窟の入り口が露出したのだ。
依頼内容はこの最近見つかったばかりの、洞窟のマッピング作業だった。
「まだ中がどうなってるか分からないから、依頼内容のランクも決まってない位なんだ。その代わり見つけたアイテムはギルドに提出する必要はなく、全部俺達が貰って良い。割の良い依頼だと思ってたんだが……ソロでは参加資格なかったから、スノウがいてくれて助かった」
「そうだったんだ。まぁ、カイの役に立つなら。頑張っちゃうよ」
スノウは軽くウインクする。
(相変わらずチャラいな……)
カイは無言でスタスタと、一人で洞窟はに入って行く。
「ちょっと、待ってよっ」
その後をスノウは慌てて追いかけて行った。
洞窟の中に入ると、カイは魔法で手のひら程の大きさの明かりを灯した。
「何が出てくるか分からないから、俺が先行するよ」
スノウがカイの前を進む。
剣士であるスノウは前衛職と呼ばれ、接近戦に強い。
魔術師のカイは後方から、スノウの援護を担当した。
洞窟に入って間もなく、洞窟の天井を吸血コウモリの魔物が飛び回る。
直接襲ってくる様子はなかったので、二人は無視して先に進んだ。
しばらくすると無数の大きな蜘蛛の魔物が湧いてきた。
ワラワラと洞窟の奥から這い進んで来る。
一匹一匹は大きな脅威にはならないが、数の暴力とでも言えばいいのか。
次々に向かって来る蜘蛛に、さすがのカイも顔色を変えた。
「蜘蛛が嫌いになりそうだ……」
「え? カイって蜘蛛駄目なの?」
スノウが意外と言いたげな顔をする。
「駄目じゃないけどっ!」
ムッとしてカイは言い返したけれど、本当は昆虫全般駄目なのだ。
何とかして蜘蛛に直接触れずに始末したい。
だがこの狭い洞窟内で火炎魔法で焼き払ったら、蜘蛛どころか自分達まで燻されてしまう。
他にも数種類使えそうな魔法を考えたが、結局力技が一番効率が良いとカイは思い直した。
渋々ダガーを手に持ったカイを見て、スノウがクスリと微笑む。
「まぁ、見ててよ」
スノウは手際良く蜘蛛の魔物を切り捨てて行く。
安定した剣さばきと、無駄のない動き。
スノウは大量の蜘蛛の魔物を屠っても、息一つ乱さない。
経験の豊富さが見て取れて、カイは素直に感嘆した。
「うっ……踏みたくない」
足元に転がる蜘蛛の亡骸を必死に避けながら、カイは歩く。
「カイにも苦手なものあるんだね」
スノウは目を細めてふわりと微笑む。
それは決してカイをからかっている笑みではなくて、むしろ愛おしいものを見ているような、そんな温かい眼差しだった。
(本当に調子が狂うな……)
スノウと一緒にいると、カイは自分のペースが乱されてしまうのだ。
(だけど……そんなに悪くない)
これが誰かと一緒に行動するという事なのだろう。
ずっとソロで活動していたカイが、初めて知る感覚だった。
歩き続けて間もなく広い空間が現れて、二人は足を止めた。
周囲には天井から多くの糸が垂れ下がり、そこには糸でくるまれた人型の物がぶら下がっていた。
「これはまさか……」
スノウが呟く。
人間が天井からぶら下がっているのだ。
「こんな入り口近くに、高レベルの魔物がいるとは思わなかったな……」
冷静にカイは口にする。
そこには巨大な蜘蛛の体に、女性の体が乗った魔物、アラクネがいた。
先程の大量の蜘蛛は、このアラクネの息子達だったのだ。
アラクネは息子達が屠られたと悟ったのか、蜘蛛の体の後部から糸を噴出する。
「スノウ! 糸に捕まるな!! 逃げられなくなる!!」
アラクネの糸は普通の剣では切れない。
高温の炎で焼き尽くすか、薬品で溶かすしかないのだ。
こんな所で火を放ったら、それこそアラクネと心中になってしまう。
広いとはいえ一面に張り巡らされた糸に引火したら、火だるまだ。
カイは水魔法で大気中の水を凝縮する。
小さく圧縮した水を、一気にアラクネの糸の噴出孔目掛けて放った。
ズボリと嵌った水は、水圧で糸の噴出を塞ぐ。
「スノウ! 上半身を斬りつけろ!!」
カイの叫びに応えて、スノウは長剣を振り上げ一気に薙ぎ払った。
女の体が一刀両断され、地面に転がり落ちる。
同時に蜘蛛の体もピクピクと震え、やがて動かなくなった。
「やったか……」
スノウは慎重に転がるアラクネの体に近付き、息の根が止まったか確認する。
「カイ、討伐完了だ」
スノウの言葉に、カイはようやくほっと安堵した。
アラクネ討伐後、スノウは広い空間を慎重に見て回り、蜘蛛の残党がいないか調べていた。
カイはアラクネの遺体に近付くと、小さな魔石が落ちている事に気付いた。
「アラクネの魂魔石 か……」
魂魔石 を拾い上げたカイに、スノウが呼ぶ声が聞こえた。
「カイ!」
スノウの元へと歩いて行くと、広い空間の隅に財宝が転がっていた。
「アラクネが集めていた物かな?」
スノウはそう言いながら、空間の奥にあった金や装備品、宝石類を皮の袋に詰めていく。
「魔石が出るなんて珍しいな。それは高値で売れる」
カイが手に持っていた魂魔石 を見て、スノウは嬉しそうに微笑んだ。
だが……カイの表情は固い。
「スノウは……魔物の魂まで、売り物にするのか?」
どこか悲しそうな声に、スノウは驚く。
「カイ?」
「この魂魔石 は俺が貰う。その代わり、残りの金や装備品は、全部スノウが持ち帰ってくれ」
「カイ……全部って……何言ってるの? 俺一人で貰えないよ」
「良いんだ。気にしないでくれ。今日の探索はここ迄にしよう。ぶら下がった遺体もギルドに報告して、回収して貰わないといけないし……」
それきりカイは黙り込んでしまった。
口をつぐんでしまったカイに、スノウは戸惑った表情を浮かべていた。
だがカイは何も言葉にする気になれなくて、困惑するスノウに何も言えないまま、洞窟を後にした。
結局ギルドに着くまでカイは無言で、手短に受付嬢に報告を済ませると、ギルドから出る。
そのまま自宅である店に戻ろうとするカイを、スノウは引き留めた。
「まだデートは終わってないよ」
スノウはカイの腕を掴むと歩き出す。
「もう少し付き合ってよ。カイとちゃんと話がしたい」
スノウがカイを引っ張って行ったのは、ギルドの近くにある公園だった。
夜の公園でベンチに座りながら、カイはスノウと一緒に夜空を眺めていた。
スノウは相変わらずカイの腕を掴んだままだ。
「冷たいだろ? 俺の腕。まるで氷のようだって、死人のようで気味が悪いって言う人もいるのに……スノウは変わってる……」
思いも寄らない言葉を聞いて、スノウは驚く。
「何で? 誰がそんな事言ったの? ギルドの奴ら? それとも店のお客?」
カイは黙ったまま答えられなかった。
常時目眩ましの魔法をかけ続けているカイは、魔力を消費し続けている。
魔力は使用すればする程、体の熱を奪うのだ。
「ひんやりしてて、こんなに気持ち良いのに……」
スノウはカイに暴言を吐いた奴らに、怒りを感じているようだった。
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