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第14話 月光花採取依頼
明るかった太陽が沈み、空が闇色に染まる頃、王都の城塞から外へと出て行くのは、訳ありな者位だ。
王都の城塞から一歩でも外へと出てしまえば、そこは街灯のない暗闇の世界。
王都の周辺は人口が密集している事もあり、魔物は滅多に出没しないが、それは昼間の話であり、夜になれば事情は異なる。
今日は夜空が晴れていて、月明かりと星の光が仄かに周囲を照らしていた。
完全な闇に染まっていない今夜なら、魔物に遭遇する心配はないだろう。
そう思ったカイは、目的の王都郊外の森へと向かう。
そこには今回の依頼品である、月光花と言う貴重な薬草が自生していた。
月光花は月明かりの下でしか咲かない花なので、夜間しか採取出来ないのだ。
採取する者は、夜の闇に紛れる魔物の気配に怯えながら、採取するしかない。
一般人が採取するには危険と隣り合わせで、通常は護衛を雇って月光花を採取するか、今回のカイの依頼のように、ギルドに採取を頼むのが普通だった。
目的地の森に着くと、カイは馬を降り手綱を引きながら森の中へと入って行った。木こりが使う細い道を通りながら、カイは魔法で作った篝火の灯りを頼りに進んで行く。
突然木々が開け、暗い森の中で月明かりが差し込んだ場所に、可憐な白い花が咲いているのが見えた。
月光花だ。
カイは馬を止め、持って来た革袋に月光花を採取する。
袋いっぱいに月光花を採取したカイは、馬を引き森の入り口へと引き返そうとした。
その時だった。
ララが何かに気づいたのか、カイの肩から飛び降り走り出す。
「ララ、どこに行くんだ?」
カイはララを追いかけた。
小さなララの姿を見失わないように、カイは必死に走り続けた。
その時だった。
カイの耳に小さなうめき声が聞こえる。鼻腔にかすかな血の匂いも漂っていた。
(誰かいるのか?)
苦しげなうめき声は、途切れることなく聞こえる。
(怪我人がいるのか?)
カイは一瞬どうするかと迷った。
怪我人を探しに行くか、あるいは無視するか。
「取り敢えず様子を見に行くか」
このまま無視して帰ったら、いつまでも気になってしまうと思ったのだ。
(大抵の事は何とかなる)
カイはララを追って、声が聞こえる方角に向かって再び駆け出した。
声が聞こえる辺りには、かすかな血の匂いと、苦しげな呼吸音が響いていた。
(やはり……誰かいる)
カイは慎重に周囲の様子を伺いながら、近づいていく。
視線の先に木にもたれ掛かりながら、倒れている人影が見えた。
ララが見つけたのは、月明かりの下でも分かる、綺麗な銀髪に大きな狼の耳。
怪我をして倒れていた男の姿を見て、カイは心臓が止まるかと思った。
そこに居たのは、この一ヶ月あまりカイが会いたいと思い続けていたスノウだったのだ。
「まさか……スノウ? どうして?」
カイは慌てて駆け寄ると、スノウの状態を確認する。
全身傷だらけのスノウは、左肩にまだ矢が刺さっていた。
(追手から逃れて来たのか?)
一体誰がスノウを傷つけたのか?
(何があったんだ? スノウ)
疑問は幾つも浮かんだが、カイは目の前のスノウの治療に取り掛かった。
スノウは額に大粒の汗が浮かび、発熱している。
真っ青に変わった唇と、荒い呼吸から、突き刺さった矢に毒が塗られていたのだと分かった。
カイは慎重に矢を抜くと、魔法で作り上げた水で傷口を綺麗に洗浄する。他の傷口も同じように洗浄したカイは、手持ちの止血剤と傷薬を塗り、清潔なガーゼで傷口を塞いだ。
傷口は手当てしても、スノウの体には既に毒が回っている。
(解毒しなければ!)
毒の種類は分からなかったが、今は手持ちの毒消しを飲ませるしかない。
「スノウ! しっかりしろ! 飲むんだ!」
カイは必死にスノウの唇の隙間から毒消しを飲ませようとするが、毒消しは全てこぼれ落ちてしまう。
「お願いだから、飲んでくれ!」
(何とかして飲ませないと!)
意を決したカイは、毒消しを口に含むと、スノウに口づけた。
青白い唇を割り開き、必死にスノウの口内に毒消しを流し込む。
コクリと喉が鳴り、スノウが飲み干すと、カイは何度も何度も口移しで毒消しを飲ませた。
ようやくスノウの顔に僅かだが血の気が戻り、カイは一息ついた。
(スノウを早く連れて帰らないと)
カイは器用に風魔法でスノウの体を浮かび上がらせると、馬に乗せた。
そのままスノウを抱きかかえながら、王都に向かって馬を走らせる。
(飲ませた毒消しが、本当に適合したか分からない)
家に帰れば、複数種類の毒を中和する薬があるのだ。
(今は一秒でも早く戻らなければ!)
必死に馬を走らせ、カイは王都の城塞を潜り抜けた。
自宅に戻ったカイは、スノウを寝室のベッドに寝かしつける。
カイは自宅に保管していた数種類ある毒消しを、片っ端からスノウに口移しで飲ませた。毒の種類が分からないので、そうするしかなかった。
しばらくしてスノウの呼吸音が正常に戻り、熱も下がってくる。うまく適合した毒消しがあったのだ。
ほっとしたカイは疲れ果て、スノウの側でそのまま眠ってしまった。
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