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第16話 看病
何処かで一番鶏の鳴き声が聞こえる。
カイはふと目を開けると、いつの間にか眠っていた事に気付いた。
目の前に眠るスノウがいる。
カイがスノウの顔を覗き込むと、穏やかな呼吸音が聞こえた。
額にそっと手を置くと、熱も下がったようだ。
ほっと安堵した時、眠っていたスノウが目を覚ました。
「ごめん、起こしてしまったか」
慌てて手を引っ込めたカイに、スノウは言う。
「ひんやりしてて、気持ち良い……」
まるで触れていて欲しいと、言いたげな顔をしている。
いつもどこか飄々として、弱さを感じさせない男が、体が傷ついているせいか、気持ちも弱っているようだ。
「分かった」
カイはもう一度スノウの額に触れる。
カイの手の優しさにスノウは安心したのか、目を閉じ再び眠ったようだった。
「キキ」
スノウが完全に眠った事を確認すると、カイはキキを呼んだ。
「スノウが目を覚ましたんだ」
「まぁ、本当ですか? 良かったですね!」
「それで何か食べさせたいんだが……」
「それでしたら、薬草粥はどうでしょうか? カイ様のお母様も、よく作っていましたよ」
ふふふっと、キキは思い出したのか、懐かしそうに笑う。
「そうか。ならそれにしよう。作り方を教えてくれ」
カイはキキと一緒に台所に向かった。
体の弱ったスノウが少しでも良くなるように。
薬草粥が出来上がり、トレーを手にしたカイは、再びスノウの元へと向かった。
寝室のドアを明けると、スノウは目を覚ましてしまったのか、ぼんやりと目を開けていた。
「スノウ、起きられるか? 薬草粥を作ったんだ。味は保証できないけど、まずは食べて体力を戻さないと」
トレーに乗せた薬草粥をサイドテーブルに起き、カイはスノウの体を支え起こしてやる。
「うっ……」
スノウは傷口が痛むのか、顔を歪めた。
「大丈夫か?」
スノウは小さく頷く。
「持てるか?」
カイはトレーに乗せた薬草粥を手渡そうとしたが、まだ手に力が入らないようだ。
大の大人にこんな子供扱いをして良いのかと迷ったが、カイは幼い頃自分が母親にしてもらったように、スノウの口元に薬草粥をスプーンで掬って近づける。
「口を開けろ」
「え?」
スノウは酷く狼狽えていたが、素直に口を開ける。
カイはスノウの口の中に、そっと薬草粥を流し込んだ。
よほど腹が減っていたのか、スノウは嫌がることも無く咀嚼した。
(食べてくれた)
ほっとしてカイは再び薬草粥をスプーンで掬い、スノウに与えた。
気がつくと、スノウの両目からポロポロと涙がこぼれている。
「そんなに不味かったか?」
焦るカイにスノウは泣き笑いを浮かべた。
「違う。嬉しくて……」
「そうか、それなら良かった」
安堵したカイは薬草粥を全て食べさせると、毒消しを飲ませて、スノウを再び寝かしつけた。
翌日になるとまだおぼつかないながらも、スノウはベッドから起き上がり歩くようになった。
「あまり無理するなよ」
カイはスノウが何故怪我を負ったのか? このひと月あまり何をしていたのか?
とても気になっていたが、どうしても聞くことは出来なかった。
(スノウにはスノウの世界がある。俺にもあるように)
誰にも言えない秘密を抱えるカイには、スノウにも踏み込んではいけない領域があると分かっているのだ。
(本人が言わないんだ。無理に聞き出す事は、俺には……出来ない……)
今はただ……スノウが元気に回復してくれるだけで良い。
そう思っていた。
「カイ、頼みたい事がある。連れて行って欲しい場所があるんだ」
まだ足元がおぼつかないのに、スノウは出かけたいと言うのだ。
「その体で出歩くつもりか? 無茶だ」
カイは驚いたが、スノウはどうしてもと意思を曲げなかった。
「仕方がない」
カイは折れて、スノウと出かけることにした。
歩くのは辛いだろうと、カイはスノウを支えながら、馬に乗った。
スノウに指示されてたどり着いた場所は、普段カイにとって縁のない貴族街だった。
驚くカイに、スノウはある屋敷の前で馬を止めてほしいという。
「ここで待ってて」
「おい、スノウ。本当に大丈夫なのか?」
ふらつきながら歩く背中に不安を感じたが、カイは見送る事しか出来なかった。
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