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第20話 オークションには行かないで

 日がすっかり昇ってしまった頃、ようやく起き出してきたカイは、店に顔を出した。店番をしていたキキが、気を利かせて温かいお茶を運んで来る。  ようやくカイがほっと人心地ついた時、カランコロンと音を立てて店の扉が開いた。  一瞬、スノウが来たのかと、カイの心臓は跳ね上がる。 だが現れたのは、いつもの獣人奴隷の子供だった。 「カイ様!」  食事を求めに来たと思ったのに、獣人奴隷の子供はそうではなかった。 「今夜はオークションに行かないで!」 「え?」 「カイ様、いつもオークション会場に行ってるでしょう? もう行っちゃ駄目だよ。警備隊がオークション会場を潰すから」  思いも寄らない事を言われて、カイは驚く。 「どういう事なんだ?」 「俺のご主人様が言ってた。ご主人様は警備隊に所属してるから……不正の証拠を掴んだから、取り潰すって……」 「そんな……」 「お願い、カイ様。オークションに行かないで。カイ様が捕まったら嫌だ!!」  涙ながらに訴えられて、カイは分かったと頷く。  ようやく安堵したのか、獣人奴隷の子供は帰って行った。  子供の姿を見送ったカイの脳裏には、スノウの姿が浮かんでいた。  オークション会場に警備隊が入るなら、会場内にいる者は従業員も客も区別なく捕まってしまう。 (スノウ!) 「キキ、すまないが店番を頼む」  出かけようとするカイにキキが尋ねる。 「どこに行くのですか?」 「スノウに……知らせてくる。このままじゃスノウが危ないから」 「カイ様……」  キキは止めても無駄だと思ったのだろう。 「ララさん、カイ様について行って下さい。カイ様を頼みます」  ララはカイの肩に飛び乗った。 「ありがとう、キキ。行こう、ララ」  カイは店を飛び出した。  昨夜激しく愛し合い、逃げるように抜け出したスノウの家を訪れるのは、カイにとって勇気のいる事だった。  だが今は臆病になっている場合ではない。  スノウの身に危険が迫る前に、伝えなければいけない。  その一心でカイはスノウの自宅を訪ねたのだが、スノウは出かけたのか、留守だった。 (スノウ……どこに行ったんだ?)  焦るカイは、ふと思いつく。 (オークション会場に行けば、スノウがいるかもしれない)  警備隊が突入してくるとすれば、オークションを開催している最中の筈。 (きっと警備隊が踏み込むのは今夜だ。それまでにスノウに知らせないと!)  カイはララを連れ、オークション会場に急いだ。    オークション会場に着くと、そこはまだ開いていないせいか、人気が無い。  会場まで来てしまったはいいが、どうしたら良いのか思案していると、男達の怒声が聞こえた。 「捕まえろ!!」 「逃がすな!!」  何事かと思っていると、会場から逃げ出してきたのか、獣人の子供がカイの前に現れた。  怯える子供の様子に、咄嗟にカイは子供を背後に庇う。  子供を追いかけてきた黒服を纏った男が二人、カイの前に現れた。 「お嬢さん、その子供を寄越しなさい。その子は売り物なんだ」 「怯えてるじゃないか」  庇うカイに、一人の男が目を見開く。 「こいつ……スノウと一緒にいたのを見たことがある」 「スノウの女。いや……男か」  途端に男達の目の色が変わった。 「あいつ、オーナーのお気に入りだからって、生意気だと思ってたんだよな」 「こいつ痛めつければ、スノウがどんな顔するかな?」  男達は顔を見合わせて、ニヤリと笑う。 「なぁ、兄ちゃん。その子供庇いたいなら、ちょっと付き合ってくれないか?」  ニヤニヤとした下卑た笑みに、カイは嫌悪感を抱いたが、ここは素直に言うことを聞く事にした。 「……分かった」  短く頷くと、男達は喜色を浮かべる。 (いざとなれば、こいつら位痛めつけるのは簡単だ。だけど……俺が逃げれば、きっとこの子は酷い目に遭わされる) 「ララ、逃げろ」  カイはそっとララに囁いた。  男の一人がカイの髪を掴み、ガンッと壁に押し付けた。 「兄ちゃん、綺麗な顔してるな」  ギリッとカイが睨みつけると、男は力任せにカイを殴りつけた。  みぞおちに蹴りを食らい、よろけた所で頬を殴られて、カイは地面に頭を強打する。  その衝撃で耳に嵌めていた魂魔石(ソウルイーター)のピアスが弾け飛んだ。  同時にカイが掛けていた、目眩ましの魔法が解けてしまう。  魔法が解けたカイの頭には、大きな狐の耳が現れてしまった。 「こいつ、獣人だったのか!」  驚く男の声がどこか遠くで聞こえる。  頭を強く打ち付けたせいで、脳しんとうを起こしたのか、カイの意識は急激にかすみ出した。 「こいつ、売り物にしようぜ。綺麗な顔してるから、きっと高値で売れる」 「このカーバンクルも」  男達に捕まったララが、ガブリッと噛み付き逃げ出すのが見えた。  それを最後に、カイは意識を失ってしまった。  

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