20 / 27
第20話 オークションには行かないで
日がすっかり昇ってしまった頃、ようやく起き出してきたカイは、店に顔を出した。店番をしていたキキが、気を利かせて温かいお茶を運んで来る。
ようやくカイがほっと人心地ついた時、カランコロンと音を立てて店の扉が開いた。
一瞬、スノウが来たのかと、カイの心臓は跳ね上がる。
だが現れたのは、いつもの獣人奴隷の子供だった。
「カイ様!」
食事を求めに来たと思ったのに、獣人奴隷の子供はそうではなかった。
「今夜はオークションに行かないで!」
「え?」
「カイ様、いつもオークション会場に行ってるでしょう? もう行っちゃ駄目だよ。警備隊がオークション会場を潰すから」
思いも寄らない事を言われて、カイは驚く。
「どういう事なんだ?」
「俺のご主人様が言ってた。ご主人様は警備隊に所属してるから……不正の証拠を掴んだから、取り潰すって……」
「そんな……」
「お願い、カイ様。オークションに行かないで。カイ様が捕まったら嫌だ!!」
涙ながらに訴えられて、カイは分かったと頷く。
ようやく安堵したのか、獣人奴隷の子供は帰って行った。
子供の姿を見送ったカイの脳裏には、スノウの姿が浮かんでいた。
オークション会場に警備隊が入るなら、会場内にいる者は従業員も客も区別なく捕まってしまう。
(スノウ!)
「キキ、すまないが店番を頼む」
出かけようとするカイにキキが尋ねる。
「どこに行くのですか?」
「スノウに……知らせてくる。このままじゃスノウが危ないから」
「カイ様……」
キキは止めても無駄だと思ったのだろう。
「ララさん、カイ様について行って下さい。カイ様を頼みます」
ララはカイの肩に飛び乗った。
「ありがとう、キキ。行こう、ララ」
カイは店を飛び出した。
昨夜激しく愛し合い、逃げるように抜け出したスノウの家を訪れるのは、カイにとって勇気のいる事だった。
だが今は臆病になっている場合ではない。
スノウの身に危険が迫る前に、伝えなければいけない。
その一心でカイはスノウの自宅を訪ねたのだが、スノウは出かけたのか、留守だった。
(スノウ……どこに行ったんだ?)
焦るカイは、ふと思いつく。
(オークション会場に行けば、スノウがいるかもしれない)
警備隊が突入してくるとすれば、オークションを開催している最中の筈。
(きっと警備隊が踏み込むのは今夜だ。それまでにスノウに知らせないと!)
カイはララを連れ、オークション会場に急いだ。
オークション会場に着くと、そこはまだ開いていないせいか、人気が無い。
会場まで来てしまったはいいが、どうしたら良いのか思案していると、男達の怒声が聞こえた。
「捕まえろ!!」
「逃がすな!!」
何事かと思っていると、会場から逃げ出してきたのか、獣人の子供がカイの前に現れた。
怯える子供の様子に、咄嗟にカイは子供を背後に庇う。
子供を追いかけてきた黒服を纏った男が二人、カイの前に現れた。
「お嬢さん、その子供を寄越しなさい。その子は売り物なんだ」
「怯えてるじゃないか」
庇うカイに、一人の男が目を見開く。
「こいつ……スノウと一緒にいたのを見たことがある」
「スノウの女。いや……男か」
途端に男達の目の色が変わった。
「あいつ、オーナーのお気に入りだからって、生意気だと思ってたんだよな」
「こいつ痛めつければ、スノウがどんな顔するかな?」
男達は顔を見合わせて、ニヤリと笑う。
「なぁ、兄ちゃん。その子供庇いたいなら、ちょっと付き合ってくれないか?」
ニヤニヤとした下卑た笑みに、カイは嫌悪感を抱いたが、ここは素直に言うことを聞く事にした。
「……分かった」
短く頷くと、男達は喜色を浮かべる。
(いざとなれば、こいつら位痛めつけるのは簡単だ。だけど……俺が逃げれば、きっとこの子は酷い目に遭わされる)
「ララ、逃げろ」
カイはそっとララに囁いた。
男の一人がカイの髪を掴み、ガンッと壁に押し付けた。
「兄ちゃん、綺麗な顔してるな」
ギリッとカイが睨みつけると、男は力任せにカイを殴りつけた。
みぞおちに蹴りを食らい、よろけた所で頬を殴られて、カイは地面に頭を強打する。
その衝撃で耳に嵌めていた魂魔石 のピアスが弾け飛んだ。
同時にカイが掛けていた、目眩ましの魔法が解けてしまう。
魔法が解けたカイの頭には、大きな狐の耳が現れてしまった。
「こいつ、獣人だったのか!」
驚く男の声がどこか遠くで聞こえる。
頭を強く打ち付けたせいで、脳しんとうを起こしたのか、カイの意識は急激にかすみ出した。
「こいつ、売り物にしようぜ。綺麗な顔してるから、きっと高値で売れる」
「このカーバンクルも」
男達に捕まったララが、ガブリッと噛み付き逃げ出すのが見えた。
それを最後に、カイは意識を失ってしまった。
ともだちにシェアしよう!

