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第22話 さよならだ……スノウ

 軋む体の痛みにカイが目覚めると、そこは牢獄の中だった。  周囲を見渡すと、獣人奴隷なのか、隷従の首輪をつけた子供達の姿が見える。 「うっ……」  痛みにうめき声が漏れてしまう。  やっとの思いでカイは、転がされていた冷たい床から身を起こした。 「大丈夫? お兄さん」  すぐ傍らに先ほどカイが庇った子供がいた。 「ごめんなさい。僕のせいで」 「気にしなくて良い」  涙を浮かべる子供の頭を、カイは優しく撫でた。  カイは冷静に自分の置かれた状況を確かめる。  足は重しのついた鎖で拘束されていた。  そして首には、隷従の首輪があった。 (あの男共、俺を売り物にしたのか)  ギリッとカイは奥歯を噛む。  カイに暴行を加えた男達は、獣人奴隷としてカイをオークションに出品するつもりなのだ。 (隷従の首輪なんて、俺には無意味だ。足の拘束だって、外す事は出来る。でも……)  カイの傍らに寄り添う子供の姿に、カイの気持ちは揺らいだ。 (俺がここから逃げ出せば、この子はどうなる?)  きっと暴力を振るわれ、酷い目に遭わされるのが目に見えて、カイは逃げ出すのは止めた。 (逃げるのは簡単だ。でも……今は駄目だ)  カイは取り敢えず今は、大人しく様子を見る事にした。 (このままオークションに掛けられて、売られるふりをしよう。会場を出た所で逃げれば良い)  カイ程の実力ならば、いくらでも逃げ出せる。  伊達に魂喰い(ソウルイーター)の魔術師の二つ名は持ってない。 (俺を捕まえた事を後悔させてやる!!)  あの男達に報復すると誓って、カイはじっとその時を待つことにした。  どれくらいの時間が経ったのか、周囲は日が暮れたのか急激に暗くなってきた。  夜になり魔法で灯った明かりが、会場を照らし始める。  オークション会場に客が入場したのだろう。  ザワザワとした人の話し声で、辺りがいっそう騒がしくなってきた。 「ただ今より、オークションを開始いたします!!」  威勢のよい掛け声が聞こえ、オークションの開催が宣言される。 (始まったか)  次々に商品が出品されて行き、檻が開かれ、獣人奴隷の子供達が一人、また一人と連れ出されていく。  最後に残されたのは、カイだった。 「次はお前の番だ。出ろ」  見張りの男に捕まえられて、カイはオークションの壇上に引き釣り出された。 「次は珍しい成獣の雄の獣人です!! 近年稀に見る美しい成獣、愛玩動物として躾けてみてはいかがでしょうか!」  酷い言われようにカイは虫唾が走った。 (奴隷とは、こんな屈辱的な扱いをされるのか)  次々に入る入札の声に、オークションの壇上で客の目に晒されたカイは、怒りで体が震え出す。  だが今は大人しくしていなければ駄目だ。  この茶番が終わるまでの辛抱だと、カイは自分に言い聞かせた。  その時だった。  強烈な視線を感じて、カイは思わず前を見据えた。  観客席の奥、観衆達の後ろに、酷く驚いた顔をしたスノウの姿が見えた。 (スノウ!)  カイの視線が、スノウの視線と絡み合う。  その刹那。  突然スノウは走り出すと、壇上に駆け上がる。 「取り押さえろ!」  黒服の男達が怒声を上げ、スノウを捕まえようと襲いかかった。  だがスノウは咄嗟に短剣を引き抜くと、男達を斬りつける。  血飛沫が上がり、会場に悲鳴が上がった。 「カイ、逃げるぞ!!」  スノウはカイの元に駆け寄ると、カイを抱き上げ走り出す。 「スノウ! 駄目だ! 戻れ、スノウ! 裏切ったと思われる!」 「俺は戻らない‼」  怒号が響く中、スノウは襲い掛かる黒服達の手を躱しながら、カイを連れて会場から飛び出した。  と同時に、会場内に武装した騎士達がなだれ込むのが見えた。  混乱に乗じて、警備隊がオークション会場に突入したのだ。  会場が大混乱に陥る中、カイを抱いて走るスノウは止まらなかった。  喧騒が遠ざかり、町外れまで来た時、急にスノウの足が遅くなる。 「うっ」  突然うめき声を発したスノウは、カイを抱えたまま倒れ込んでしまった。 「スノウ!」  カイの目の前で地面に転がったスノウは、首元を押さえながら突然苦しみだす。  咄嗟に自分の首に嵌められた隷従の首輪を解除したカイは、スノウの首元に触れた。 (隷従の首輪の魔法が発動している!)  スノウの裏切りに気付いたオーナーが、隷従の首輪の魔法を発動したのだ。 「スノウ! 今助ける!」  カイは手に魔力を込めると、スノウの首をギチギチと締め上げる隷従の首輪を、一つ、また一つと解除していった。  嵌められていた首輪を全て外し、カイはほっと一息ついたのだが……  首輪が外れても、スノウは苦しみ続けていた。 「まさか……これだけじゃないのか⁉」  慌ててスノウの体を確認したカイは、スノウの胸元から血が滲んでいるのに気付いた。  服を切り裂き、カイはスノウの胸元を確認する。 「これは……」  スノウの胸には魔法陣が刻まれていて、心臓の位置に銀色に光る杭が見えた。  杭はギリギリと鈍い音を立てながら、スノウの肉を切り裂き、心臓目指して突き進んでいた。 「こんな呪い、見た事がない」  思わず恐怖を覚えるほどの禍々しさに、カイの体も震えだした。  スノウを縛り付ける主人の執着がここまで強いとは、カイは知らなかったのだ。  肉を抉り、突き進む杭の痛みに、スノウは苦しみ呻く。 「グッ……ああっ!!」  のたうち回るスノウの姿に、ようやくカイは我を取り戻した。 「スノウ、もう少しだけ我慢しろ!! 絶対に助ける‼」  カイはありったけの魔力を放出して、杭の動きを食い止めた。  だが動きを止めるだけでは駄目だ。  この呪いを解除し、杭を抜き去らなければ!!  カイは魔力を限界まで放出する。  これ以上魔力を使えば、カイの魔力は底をついてしまう。 (そんな事をしたら、俺は終わりだ……)  カイの脳裏に警告が聞こえるが、スノウを助けられるなら、カイは全てを失っても良いと思っていた。 (俺の本当の正体を知ったら……スノウは離れていくだろうな……)  悲しい予感に心が凍りつきそうだったが、スノウの命が救えるなら、それで良かった。 (あと少し、あと少しだ!!)  スノウの体が眩い光に包まれ、呪いの杭が引き抜かれる。  刹那、光は一気に収束して、杭は霧散した。  だが……  その途端、魔力が底をついたカイは、全身の力が抜け、その場に倒れ込む。  傍らに佇むララが、悲しそうな顔でカイを見つめていた。 (もう良いんだ、ララ。俺はスノウを助ける事が出来たから……)  杭が抜け、苦しんでいたスノウの表情が穏やかになった。  きつく閉ざされていたスノウの瞼が震え、開かれる。 (もう終わりだ……)  カイは悲しみに心が締め付けられた。  目を見開いたスノウの顔が、驚愕に歪む。 「あ……」  小さく声を発したスノウは、身動きが取れないほど固まっていた。 「……魔物?」  スノウの目の前で地面に倒れていたのは、闇色の黒い毛に九本の尾を持つ大きな狐の姿だった。 「まさか……」  スノウの全身がガタガタと震えているのが見える。 「カイ……なのか?」  自分が命がけで救った男が、黒狐の魔物だったと知り、スノウは恐怖で震えているのだと、カイは思った。 (さよならだ……スノウ)  カイはよろけながら、やっとの思いで立ち上がる。  その場を立ち去ろうとしたカイを、スノウは引き留めた。 「待ってくれ……行かないでくれ。カイ!」  スノウは立ち上がると、カイの体に抱きついた。 「愛してるんだ……カイが何者でも良い! 俺を置いて行かないでくれ‼」  涙を零し、カイに必死に抱きつくスノウの姿に、カイはその場から動けなくなった。 (泣かないでくれ)  カイはペロペロとスノウの頬を舐め、涙を掬い取る。 「あ……」  スノウは咄嗟に何かを思い出したのか、ズボンのポケットから魔石を取り出した。  それは以前、カイが作った人工魔石だった。  スノウは勢いよく魔石を砕く。  溢れ出した魔力は光の粒子となって輝き、カイの中へと戻って来た。  カイの体に充満した魔力は、眩い光を放ちながらカイを包み込む。  輝く魔力は再びカイの姿を、魔物から人の姿へと変えていく。  光が消えた時、カイは人間の姿へと戻っていた。 「カイ……良かった!! カイ!」  スノウはカイの体を、痛いほど抱きしめてくる。  カイはそっとその背に腕を回すと、遠慮気味に抱き返した。 「……今まで騙していて……ごめん……」  カイは小さな声で詫びると、涙を零した。 「俺は……魔物だ。スノウとは住んでいる世界が違う……」 「何も言わなくて良いんだ。カイはカイだ。お前が何者でも関係ない」 「でも……」 「カイ……俺は本気だと言ったはずだ。番になって欲しい。俺はカイさえいれば、何もいらない」 「スノウ……あんたはバカだ。こんな俺を選ぶなんて……」  カイの瞳から溢れる涙は止まらず、スノウの衣服を濡らしていく。 「帰ろう。カイの店に」  スノウはカイの手を握りしめる。  その手に引かれ、カイは歩き出した。

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