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第24話 恋人の甲斐性(後日談)

 ガラハッド王国の王都から、はるばる馬を走らせてカイとスノウがやって来たのは、ファラモンド伯爵領にあるオーレリアという町だった。  元々金の採掘で繁栄した地方都市で、現在は金細工の町として有名だ。  金の採掘ついでに自然魔石が採れるので、実は魔石商の問屋街でもある。  わざわざカイがスノウと一緒に遠出して来たのも、自然魔石を仕入れる為だった。 「そこをさ〜、もうちょっと安くしてよ。纏めて全部買うからさ〜」 「ええ〜、どうしようかな? お兄さん格好いいしな~」  魔石商の問屋で女性店員と、キャッキャウフフしながら取引してるのは、もちろんスノウだ。 (……俺はいったい、何を見せられているんだ……)  後ろからカイはそのやり取りを、生温い目で眺めていた。 (なんか……モヤモヤする……)  チャラいけどあれがスノウなりの値下げ交渉で、一生懸命カイの店の為に働いてるのだと、頭では理解してる。 (わかってる……わかってるけど……)  スノウが女性と親しげに会話してる姿を見ていられなくて、カイは店の外に出て待つ事にした。 (あんな調子で、誰にでも好きって言ってるんじゃないだろうな?)  思わずカイは大仰な溜息をつく。  チャラいように見えるけど、あれはスノウなりの処世術であって、本当のスノウは誠実な男だとカイは知っているけれど。 (モヤモヤするんだよな……)  はぁ……と再び溜息をついた時だった。 「どうしましたか、レディ? 何か困り事でも?」  突然話しかけられて、思わずカイは振り向く。  そこには身なりの良い男が、心配そうにカイを見つめていた。  一見しただけで、富裕層だと分かる。  男はカイの顔を見ると、大きく目を見開いた。 (ああ、また間違われたか) 「いや、大丈夫だ」 「失礼、男性でしたか。あまりにも美しいので、見惚れてしまいました」 「はぁ?」  男は立ち去るかと思ったのだが、意味深な微笑みを浮かべている。  カイが男だと分かると、大抵の者達は興味をなくして居なくなるのだが、未だに目の前から消えない男に、カイはどうしたものか? と考え込んでしまった。 (スノウとはタイプが違うが……キザな男だな)  しみじみと眼の前の男を観察してしまう。  ふと男の手を見つめると、指に輝く宝石を見つけて、カイの目が止まった。 (アレキサンドライトだ!) 「それは?」  カイは思わず声をかけてしまう。 「ああ、この指輪に興味がありますか?」  男はふふふっと、目を細めた。 「良かったら私の店で、一緒にお茶でもしませんか? 私は宝石商をしてまして、宝石には詳しいんですよ」 「本当ですか?」 (宝石商なら、他にもアレキサンドライトを持ってるかもしれない!)  思わず頷きそうになった時だった。 「何やってるの? カイ」  突然声をかけられて、カイはビクリと驚いた猫のように体を震わせる。 「……スノウ?」  そこには物凄く良い笑顔のスノウがいた。  無駄に美形オーラを振りまくこの姿は…… (あ……怒ってるな……これは……) 「駄目じゃない、離れちゃ。待っててって、俺言ったよね? すみませんね、うちの人が。ほら、カイ帰るよ!」  スノウに強引に手を握られて、カイは抵抗する間もなく、グイグイ引っ張られて行く。 「あっ、ちょっと! スノウ! 離せ!」 「駄目! 離さないよ!」  昼食を食べに入ったレストランで、スノウは今日の戦利品の一部をバッグから取り出した。 「質の良い魔石だな。高かっただろう?」  スノウが買い付けた魔石を手に取り、カイはしみじみと観察する。 「まとめ買いしたから、大幅に負けて貰ったよ」 「本当か?」  カイは驚く。  問屋街の魔石商に負けさせるとは、カイには絶対に真似できない事だ。 「スノウは商売人に向いてる」 「何言ってるの? 俺はカイ専属の護衛だよ」  ふわりと花が咲いたような微笑みを浮かべたスノウを、隣の席の女性客がうっとりと眺めていた。 (……スノウは、無駄に人目を引くんだよな……)  なんとなく面白くなくて、カイはムスッと不貞腐れた顔をした。 「それよりさ……さっきの男何なの? あの男、絶対にカイに気があった。全く油断も隙もない」  面白くなさそうに露骨に顔を歪めるスノウに、カイは呆れてしまう。 「別に、スノウが気にする事ないだろ? ちょっと話しかけられただけだ。……あんたの方こそ、やましい事があるんじゃないか?」  眉間に皺を寄せ、ムッとしたカイを見て、スノウは目を丸くする。 「……カイ、もしかして妬いてるの?」 「違う!!」  そっぽを向いたカイを見て、スノウは嬉しそうに微笑む。 「嫉妬してくれるなんて、可愛いなぁ~カイは」 「断じて違う!!」 「まぁ、そういう事にしておこう」  スノウはニコニコ上機嫌だった。 「本当にカイが心配するような事ないのにな。俺、こう見えて一途なのよ」 「……それは知ってる」  人ならざる者のカイを、本気で番にしようなんて変わり者、スノウしかいない。  カイはまだ番になって欲しいと言うスノウに、返事ができずにいた。 (俺にはスノウを縛り付けられない。やっと自由の身になれたんだ。魔物の俺よりもスノウは……良い人が探せる。白狼の一族ではなくても……狼の獣人は幾らでもいるのに……)  黙り込んでしまったカイを見て、スノウは何かを察したのか、話題を変えた。 「さっきの店員のお嬢さんから、アレキサンドライトを扱ってる店があるって聞いたんだよ。ご飯食べたら、寄ってみない?」 「本当か⁉ 行きたい!!」 「じゃ、決定ね」  元気になったカイを見て、スノウは安堵したようだった。  昼食の後、カイはスノウに連れられて、アレキサンドライトを扱っているという宝石店に寄った。  金細工の町の宝石店とあって、繊細な金細工にアクセントとして加工された宝石が多い。  宝石の輝きで、まるで店の中まで華やかな光を放っているようだった。  指輪やペンダント、ブレスレットにネックレス、ブローチに至るまで、宝石は加工され陳列していた。  カイは店員の許可を得て、アレキサンドライトのアクセサリーを手に取る。  触れた途端に脳裏に浮かぶ映像に、この店で扱っているアレキサンドライトは、全て魂魔石(ソウルイーター)だと分かった。 「凄い……これだけの数の魂魔石(ソウルイーター)があるなんて……」 (全部買って帰りたいが……さすがに予算が足りないか)  考え込んでしまったカイに、スノウは言う。 「俺が買うよ」 「え……何言って?」 「すいません、これ全部ください」  スノウの言葉に店員もさすがに驚いたのか、目を見開いている。 「ちょっ……スノウ! いくらかかると思って!」 「カイのおかげで自由になれたからね。稼いだお金、丸々余ってるの」  スノウはパチリとウインクする。 「お……お客様。て……店長を呼んで参ります!!」  店員は大慌てで店の奥に向った。  しばらくして店長と思われる男が現れたが…… 「あ……」  その男は、先程カイに声をかけてきた男だった。 「またお会いできるとは思いませんでした」  男は穏やかに微笑む。 「これだけの品をご購入頂けるのなら、私共もサービスしなければ。カイさん、この指輪を気になさっていましたよね?」  男は指輪を外すと、カイの手を取る。 「美しい人、あなたにお譲りします」  さり気なく指に指輪を嵌められて、カイは呆気にとられてしまった。 「譲っていただかなくて、結構です。それも買いますよ!! 金なら払いますので」  スノウはあっという間に、驚くカイの指から指輪を外してしまった。  これには男も目を丸くしている。 「恋人に甲斐性を見せられないようじゃ、男が廃りますからね」  凄味のある笑みを浮かべるスノウに、男はふふっと小さく笑う。 「参りました」

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