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第19話 観光
普段通りの朝がやってくる。
朝食を作るのはカナタの役割だから、今朝も僕が目覚めると彼の姿はベッドになかった。
夜はあんなことをするのに、朝になるとカナタは年頃の少年になる。
まるで何もなかったかのように僕に接する姿には、正直戸惑いを感じていた。
カナタがいつも寝ている空間を見つめて、僕は胸を抑える。
身体には何の痕跡も残らないのに、胸に痛みがあるのは何故だろう。
僕は顔をしかめて首を横に振る。
カナタ……こんなことをしていていいんだろうか?
求められて、身体を開いて。
育てた子とそんなことをしている罪悪感が、僕の心を苛む。
「僕の方がずっと、大人なのにな」
呟き僕は、自分の手のひらを見つめた。
何も変わらない体。
あと数年もすれば、僕の見た目とカナタの年令が逆転するだろう。
できればカナタが就職したら、僕は離れるつもりだった。
いつまでも一緒にはいられない。
そう思っていた。
けれど僕が離れたらカナタは壊れてしまいそうだ。
そう思うと僕はカナタから離れられない。
そう想い僕は小さく息を吐いた。
今日は、カナタと久しぶりの遠出だ。ハンターになりたいと言ってきかないカナタに海を見せたかった。
カナタはあまり海を知らないから、憧れがあるのかもしれない。
いくら言葉で言っても伝わらないだろうから、実際に行ってみるのが一番だろう。
海は美しく、危険の多い場所だとわかってくれればいいんだけれど。
観光船は浅瀬だけを巡り、遠くからタワービルなどを見るだけだが、海底に沈む遺跡や船の残骸を見れば、カナタなら何かを感じるだろう。
……そうなるといいんだけれど。
僕は首を振り、ベッドから下りてリビングへと向かった。
遥か遠方に、まるで陽炎のように浮かぶ白いビル。
海面から先端だけを見せたそのビルの姿はどこか現実味を感じなかった。
海の中を覗けば、今もなお、かつての街がその痕跡を残している。それに、海物に沈められた船の残骸たち。
タテバヤシの港で観光船に乗った僕らは、一時間ほどの遊覧を楽しんでいた。
「すっげー。これ、町だったんだよね。てことは人が住んでたんだよな」
カナタが海の中を覗き込み、不思議そうに言った。
「うん。何百万人かな。大都市の多くは海の側にあったから、たくさんの町と人を、海はのみ込んでいったんだ」
そして、人魚や海物が姿を現すようになり、異形の人類が誕生した。
「もう三百年も経つのに、まだ残ってる建物ある……あ、あれ、もしかして船?」
「海物に襲われて沈んだ船はいくつもあるからね。それでまた、たくさんの人が死んだ」
「……そーなんだ……じゃあこの下にはたくさんの人たちが眠ってるんだ」
神妙な面持ちで、カナタが呟く。
僕が知ってるのはここ百年の間のことだけだけど、昔に比べたらだいぶ安全にはなった、と思う。
最初、海物の存在などわからなくて船を出したら襲われたらしい。
その後、海物の脅威がわかり人々は武装をし、大きな堤防を海に造り、海物たちが侵入しにくくした。
そこには大きな水門が三重に設けられていて、そこは漁船や貿易船、ハンターの船が通るときだけ開かれる。
時おり海物が侵入することがあると聞いているが、武装した巡視船によりすぐに発見されて駆除されているそうだ。
だから、堤防の向こうに行かなければそんな危険な目に遭うことはなかった。
「海物って堤防上らないの?」
「飛び越えられるやつもいなくはないだろうけれど、聞いたことはないな」
巨大なシーサーペントならもしかしたら堤防を飛び越えられるかもしれないが、堤防の外にはたくさんの餌があるはずなのでそんなことをわざわざしないだろう。
足がある、魚人のような海物もいるが堤防に階段があるわけではないし、上るのは困難じゃないだろうか?
「音耶は危険な目にあったことある?」
「あるよ何度も。ハンターが海物に襲われることはよくあるからね」
だから僕は刀を所持している。これはハンターにのみ許された特権だった。
日本、という国では今もなお武器の所持に制限がある。
ハンター資格がなければ銃刀法違反となって逮捕されるリスクがある。
「じゃあさ……死に掛けたことも、あるの?」
カナタは、神妙な顔で僕の様子をうかがうように言った。
ある。そんなことは何度となく。
「……ねえカナタ。海の危険はなにも海物だけじゃないんだよ。建物の多くは老朽化していて、あぶないものもあるんだよ。急に崩れることもあるし」
――それで僕は、相棒を失い、生きる呪(のろい)を背負うことになった。
「あ、もしかして音耶のお腹の傷ってそういうやつ?」
まっすぐな瞳で見つめられながら言われ、僕は小さく頷いた。
他のどんな傷が消えてもこの傷だけは消えない。
本当なら、僕は腹を貫いた鉄骨で死んでいたはずだ。
でも僕は生き残った。彼を喰った罪を代償に。
無意識に僕は、服の上から腹に触れる。
痛みなんてないのに、そこが疼いたような気がした。
僕の肩に、カナタの手が触れる。
彼は太陽の日差しの中で微笑み言った。
「音耶が生きててよかった」
「カナタ……」
本当に、生きていてよかったのだろうか。
その問いかけをこれまでに何度もしてきた。何をやっても死ねない体。
何度か死のうとしたことがあるけれど、ただ苦しさだけが残るだけだった。
「その傷、俺と会う前の傷だよね? 音耶って昔から全然変わんないから、年齢バグる」
そんなカナタの無邪気な言葉が僕の心を抉る。
彼には話さないとだめだろうか。
僕の抱える秘密を。
僕はどうあがいても、これ以上年をとることはないと。
じっと、楽しそうに笑うカナタの顔を見ていると、彼は不思議そうに首を傾げた。
「どうしたの、音耶?」
「え、あぁ、何でもないよ」
そう答えてぎこちなく笑う。
カナタの、銀色の髪が太陽に煌めいて美しいと思うのは、保護者としての想いが強いからだろうか。
異形の見た目の良し悪しは僕には分からないが、きっとカナタはモテるだろうになんでこの子は僕に執着するのだろう?
あの時助けたから?
何もしなくても僕はカナタを捨てたりはしないのに。
そう思って、僕はすっとカナタの腕へと手を伸ばす。
「ねえ、カナタ。あの壁の向こうに行きたいって思う? 沈んだ船を目にしても」
それでも行きたい、と言うのなら僕としても覚悟しないとかな、とは思う。
てきればカナタにはハンターになどならないで別の道を歩んでほしいけれど。
カナタは海の底へと視線を向けている。じっと、静かに。
「ねぇ音耶、ハンターってたくさん死ぬの?」
「うん……昔、僕の相棒も死んだよ」
毎年どれだけの人数が死んでいるか、正確には知らないけれど。
ルシードの顔を思い出すと今でも胸が痛い。
「そっか……」
それだけつぶやき、カナタは黙って海を見つめた。
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