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第20話 船を下りて
一時間の船旅を終えて、僕たちはタテバヤシの港に戻る。
「あー。地上だー」
声を弾ませて船を下りていくカナタの後に、僕は続く。
空を見れば、カモメが何羽も飛んでいるのが見えた。
少し湿った海の風が穏やかに吹いている。
海に来たのは久しぶりだ。
この海には、ルシードが眠ってる。
彼の亡骸を連れて帰った僕は、火葬のあと骨を海に撒いたから。
もう、あれから百年も経った。
僕はあと、どれくらい生きるんだろうか。
……どれだけの別れを見ることになるんだろう?
僕は空を眺めるカナタを見る。
別れるなら早いほうがいいと思っていたのに。
カナタは僕の方を振り返って言った。
「ねえ音耶はさ、俺に、沈んだ町とか、船とか見せて海の危険を教えたかったの?」
「あぁ。だって、見ないと分かんないでしょ。タカサキにいたらわからないだろうから」
「あはは、確かにそうだ。俺、海物の存在は知ってはいたけどやっぱどこか遠い存在だって思ってたもん」
カナタは下を俯き言った。
「沈んだ船はけっこう衝撃。だって、真っ二つになった船あったもん。海物って、すっげーでかいのもいるんだね」
それはそうだ。シーサーペントは、クジラのように巨大な蛇だ。
そんなものに襲われたら今日の観光船だってひとたまりもないだろう。
巨大な海物は滅多に現れないとはいえ、その脅威はすさまじい。
「普段相手にする海物って、あんな風に船を襲うの?」
「もっと小型……人くらいの物が多いよ。魚人が一般的かな。彼らは人を喰うんだ」
「……まじかよ……共食いみたいじゃねえか……」
げんなりした顔で、カナタは言った。
魚人の姿は魚に人の手足が生えたような物なので共食いとは違う気がするが、考えようによってはそうかもしれない。
「俺は……そんな危険な仕事してる音耶がすごいと思うしそれに……うん、一緒にいたいって思う。だって、俺音耶に死んでほしくないし」
ひどく真面目な顔をして、カナタが僕を見つめる。
死ぬことなんてないから、という言葉が喉まで出かかるけれど、僕はぐっとこらえた。
「僕は大丈夫だよ。だからカナタには、自分の人生を歩んでほしいんだ」
「俺の人生には、音耶が必要だよ。だからさ、ハンター試験だけは受けさせて。俺……推薦、受けるからさ」
昨日は先生に相談する、と言っていたけれど、今日は受ける、とまで言い出した。
そこまで思ってくれるならその方がいい。
ハンターの試験は難しいものだけど、正直カナタが落ちるとは思えなかった。
だからせめて大学には行ってほしい。
ハンター以外の選択肢を残しておきたい、というのが「親」としての僕の願いだった。
「わかったよ、カナタ。サイン、書くから。でも大学は、選択肢から外さないでほしい」
「わかった。指定校の資料、あるはずだから家帰ったら一緒に見よう」
そう言って笑うカナタの笑顔を見てなんだか苦しさを感じた。
「あー! ねえねえお昼食べていくでしょ? 俺腹減った!」
大きく腕を上に伸ばしながらカナタは声を上げる。
一時間の遊覧だったから、時刻は十二時を過ぎている。
船を下りた客たちは、港にある店へと向かっていくのが見えた。
「うん、そうだね。魚、食べていこうか」
「やったー、俺海鮮丼がいい!」
「わかったよ」
カナタは嬉しそうに笑い、僕の腕を掴んで歩き出した。
その日は結局一日外で過ごして、夕方帰宅した。
帰るなりカナタは僕に、指定校推薦の資料を見せてきた。
「あんまり考えてなかったから気にしてなかったけど、期末終わったら募集開始みたい。一学期の成績で左右されるのかな」
「あぁ、そうか。試験終わったら三者面談あるよね」
その日程の調査は、今月の初めにあった。
「うん。まだ日にち決まってないけど。来るでしょ?」
「当たり前だろ。保護者なんだから」
言いながら、僕は書類に目を通す。
グンマの大学の他、関西の大学ものっているが、僕は進学しなかっためイマイチぴんとこなかった。
推薦の条件が学部によって違うが、理系の学部ならカナタは問題ないはずだ。ということしかわからない。
これは三者面談などで学校と相談するほうがいいだろう。
「部活も夏休み前で引退だし、受験モードになるんだよな」
「あぁ、そうか」
そういえば部活も終わるのか。
カナタの部活はバスケットだ。大会などもあって応援のために試合を観に行った。
「あとこれ。ハンター試験の申込書」
目の前に出されたのはよく知る書式の書類だった。
遺跡発掘許可証とも呼ばれるその資格は、合格率は数パーセントと低い。
死と隣り合わせであるし、武器の所持を認められるためそうやすやすと合格はできないようになっていた。
だからカナタがこの試験を受けたとして、必ず合格するわけではないけれど……たぶん合格するのでは、と思うと不安が僕の心を苛む。
僕は書類に自分の名前をサインして、本人との関係のところに義父、の文字を書く。
「ありがとう、音耶」
「うん。その代わり大学は考えるんだよ。家の近くにも指定校あるんだから通えるし」
「わかってるって。音耶に心配かけたくないし」
言いながらカナタは僕から受け取った書類をじっと見つめた。
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