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第29話 船旅
午前九時前。
僕たちが乗る船は中型の帆船だ。バイオ燃料のエンジンを積んだ船で、基本は帆に風を受けて海を行く。
船に乗り込んだ僕たちが過ごすのは、一等キャビン。
これから十時間ほどの船旅となる。
客室に入るなり、カナタは室内を見回して声を上げた。
「ひっろ。船の客室ってこんなに広いの?」
「一等キャビンだからね。まあ、泊まるわけじゃないから他の部屋でもいいかと思ったけど……安全はお金で買うものだから」
言いながら僕は部屋の鍵をかけ、荷物を部屋の隅に置いた。
二等キャビンや三等キャビンは他の客と同室で過ごすことになる。
主に僕の身の安全を考えたら、カナタとふたりきりで過ごせ、鍵をかけられる一等キャビンを選ぶしかなかった。
室内は広く、ソファーにベッドがふたつ。それにシャワーブースにトイレもついている。
大きな窓があって、外の景色を楽しめるようにもなっていた。
「すっげー。なんだっけ、行先。スカイタワーの所だよね」
「スイレン市。一番大きな水上都市で、水族館があるし、スカイタワーにも上れるよ」
「マジで? 楽しみだなぁ」
声を弾ませ、カナタは荷物を部屋の隅に置いて窓へと近づいた。
「ねえねえ、音耶、甲板、でられるんだよね?」
声を弾ませて振り返るカナタに僕は頷く。
「うん。海物が出なければね」
「やったー。動きだしたら行こうよ」
言いながらカナタはソファーに座ろうとする僕の腕を掴んだ。
「わかったよ」
「やったー。十時間だっけ。何しよう? あ、トランプ持ってきたからやろうよ。あと売店あるよね。そこも見に行きたいし」
と、早口でカナタはしたいことを上げていく。
それは十時間で足りるだろうか。
内心苦笑いしつつ僕はカナタの話を微笑んで聞いていた。
壁の外に船が出て、辺りにぽつぽつと、かつての高層ビル群が姿を見せる。
カナタに引かれて甲板に出ると、そこには十数人ほどがいて、海の向こうに視線を向けていた。
帆船から少し離れて、小型の護衛艦が追走してくるのがわかる。壁の向こうに出る船には必ず護衛艦がつく形になっていた。
海物に襲われた時対処するためだ。
一番厄介なのは巨大なウミヘビであるシーサーペントや巨大なイカ、クラーケンなどの大型海物だ。
めったに現れるわけじゃないけれど、その分顔を合わせると厄介で、船を沈められかねない。
「あぁ……この下も町、何だよね」
カナタは海の底へ視線を向けて呟く。
「うん。トウキョウまでずっとね。かつて何百万人っていう人たちが住んでいた町は、一時間もせずに沈んでいったそうだよ」
迫りくる津波に、多くの人は逃げそびれたという。
「そうか……なんで洪水起きたかってわかってないんだよね」
「あぁ。ノアの箱舟みたいな神の怒りのせいとか、気候変動のせいとか言われているけれど。三百年経った今でもわかっていないよ」
「ノアの箱舟ってあれだよね。神様が怒って、地上を水没させたってやつ。確かにそれっぽいけど、神様っているのかな」
その言葉に僕は肩を竦めるしかなかった。
いるかもしれないし、いないかもしれない。
ただ、人魚や海物、それに僕のような不老不死者がいることを考えると、もしかしたらどこかに神は存在していて、僕たちが足掻いているのを笑ってみているのかもしれない。
「なんか不思議な光景。だって町は沈んで滅びたのに、三百年経っても残っているビルがあるんだね」
「そりゃあ、ね。千七百年も前に建てられた法隆寺だって、今もまだ残っているんだから」
「あ、そっか。でもさ、あっちは地上だし、木造建築でしょ。こっちは半分水に浸かってるし、コンクリートだよね」
「だから腐食して崩れているビルも多いよ」
そうでなくても手入れされていない建造物は朽ちていくのが早い。
だからハンターは海物の他、いつ崩れるかもわからない建物の心配もしなくてはいけなかった。
「まるで林みたいだね、あのビルたち」
「トウキョウに入ったらもっと増えるよ。あっちはビル、すごい数だから」
都内のビルは二百メートル以上のビルがかなりの数ある為、この比ではなかった。
こちらが林ならあちらは森だ。
だから大型の船が航行するには邪魔すぎて、中型や小型な船が主流なのだけど。
「そうなんだ。楽しみだけど、ちょっとなんか寂しいね」
言いながらカナタは遠くを見つめた。
「あ、鳥」
カナタの言葉に空を見上げると、鳥の群れが船の周りを飛んでいることに気が付いた。
カモメ、だろうか。
客の一部が餌を上げている様で、それ目当てに集まってきているらしい。
「あれ鳥の餌?」
「あれは餌というかお菓子だよ。鳥にあげても大丈夫な……」
「俺もやりたい、買ってくる!」
カナタはそう声を弾ませるとその場を離れ、甲板の隅で餌を売る女性スタッフに近づいて行った。
すぐに赤いパッケージのお菓子を手に持ち戻ってきたカナタは、さっそく袋をあけて細長いお菓子を手にする。
わくわくした顔で、カナタは指先に摘まんだお菓子を空に掲げた。
するとすぐにカモメが近づき、彼の指からお菓子を攫っていく。
「うわぁ。マジで喰った。ねえ、音耶もやろうよ!」
嬉しそうに声を上げる姿を見ると、歳相当、というより少し幼くも見える。十八歳とはこんなものだっただろうか。
カナタの申し出に僕は首を振って答えた。
「いいよ僕は」
「やろうよー。ね?」
そう無邪気な笑顔で言ったカナタは、僕にお菓子の袋を差し出した。
「わかったよ」
苦笑しつつ、僕はその袋からお菓子を一本取り出す。
するとあっという間にカモメが近づき、僕の手からお菓子を器用にくちばしで掴んで去っていった。
「かわいいー。こんな間近で鳥みたの初めてかも」
感動した様子で言ったカナタは、ふたたびお菓子を手にして、腕を空に掲げた。
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