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第31話 スイレン市

 夜のとばりがおりる頃、海にそびえるビル群にぽつぽつと灯りがともる。 「電気、通ってんの?」  部屋の窓から見えるビル群を見つめ、カナタは驚きの声を上げた。 「あぁ。ソーラー発電だよ。全部のビルじゃないけど、一部に灯りが点くようにしているらしい。夜の航行を安全に行ける様にって」 「すげぇ。なんか海の星みたい」  海の星、と言われればそうかもしれない。  夜になると海物の出現率は一気に上がるが、幸い何事もなくスイレン市にたどり着く。  水門が開き、船が堤防の中に入っていく。堤防にも灯りがついていて海にも航路を示すように灯篭のようなものが浮いていた。    「すごい」  カナタが窓に張り付いて、海を見つめる。  そして海の向こう、スイレンの町が見えた。  中央にそびえるスカイタワーは煌々と光り輝き、そのタワーを囲むようにビル群が見える。  その多くは洪水前につくられたビルたちの再利用だ。 「これが……水上都市……? マジで?」 「うん。人口約十万人が住む、水上五大都市最大の町だよ。人ってすごいね。海物の脅威もあるのに、残ったスカイタワーの周りに町をつくって貿易拠点にしてしまうんだから」  スイレンを見ると、町は滅びても人は滅びないのだなと感じる。  僕たちは荷物を片付け、アナウンスに従い船室を出た。  サーチライトがいくつも海を照らし、夜であるにもかかわらず港はかなり明るかった。 「あー、長かったー」  カナタは腕を大きく上にあげて伸びをする。  港を出ると目の前にあるのは、ライトレールの駅だった。いわゆる路面電車の一種だ。  船を降りた人々の多くが、その駅に向かっていく。  カナタは興味深げに辺りを見回し、すげーと繰り返している。  僕たちもライトレールの駅に向かい、それに乗りホテルの近くへと向かった。  僕たちが泊まるホテルは、スカイタワーに近い高級ホテルだ。  高層ビルを建てるだけの資材はないため、中層の建物が多く、このホテルも三階建だ。その分横に長く、水底に沈んだ旧東京駅のようにも見える。   「なんか高そう……」  そんな呟きを漏らすカナタに声をかけ、ホテル内に入っていった。  チェックインを済ませて荷物を部屋に置き、窓の外へと視線を向けた。  夜間であるため、車の姿は少ない。この時間に走っている、ということはバイオ燃料とソーラーのハイブリッドだろうか。  街灯が多く町が異様に明るいのはきっと海物対策だろうか。  彼らは明るいのを嫌うから。 「あー、疲れた」  言いながらカナタがベッドに倒れこむ。 「部屋広い、よね」 「まあね。どうせ一緒じゃないとカナタが眠れないと思って、キングサイズのベッドのある部屋、選んだし」  この部屋は、キングサイズのベッドがひとつと、ふたりがけのソファーにテーブル、ラジオにテレビまである。  さきほどのぞいたら風呂場は広くゆったりとしていた。 「今日はもう寝るだけだよね」 「うん。この時間じゃあ行けるところなんてないしね」  今はもう、夜の八時ちかくだ。さすがにやっている店もすくないし、できることも少ない。  夜間水族館があるけれど、それは明日のお楽しみでいいだろう。  行けるとしたら、すぐそこにあるスカイタワーの展望台に上るくらいだろうか。 「スカイタワーの展望台なら、九時までやってるから今出てもぎりぎり入れるかな。最終受付が八時半……」 「行きたい!」  カナタはがばっと起き上がって、勢いよく言った。  ホテルから歩いて五分ほど。  町の象徴であるスカイタワーにたどり着く。   「すっげーでかい」  上空を見上げてカナタは呟く。 「地上六三四メートルだったからね。今見えている部分は五〇〇メートルちょっとかな」 「全然ピンとこないよその数字」  確かに途方もない数字だ。  今ではそんな高い建物を造ることは不可能だから。  今でも三五〇メートルと四五〇メートルに展望室がある為、金を払いエレベーターに乗る。  未知の高さに行くからだろうか、カナタが階数表示を見つめながら僕の腕を掴んでくる。  一度エレベーターを乗り換えて四五〇メートルの展望台に向かう時も、ずっとカナタは僕に張り付いていた。  たどり着いた展望室は、薄暗く足元に心細くぽつぽつと灯りが点いているだけだった。  順路に従い進んで行くと、スイレンの町と海が見えてくる。 「すげぇ……」  窓から少し離れた所で立ち止まり、カナタは僕の腕を掴んだまま、茫然と呟いた。  どこも電力不足であるはずだが、その割には町は明るいし、海の向こうに見えるビル群もぽつぽつと灯りが灯っているのがわかる。  まるで地上の星だ。 「昔はもっと明るかったらしいけど、これでも十分明るいね」 「え、これより明るいってマジ?」 「写真で見たことない? 昔の東京はとても明るかったんだよ。それこそ昼みたいに」 「へえそうなんだ……信じらんねえ」  カナタは僕から離れず、じっと町を見下ろす。  怖いのだろうか。  カナタは窓に近づこうとしない。  時間も時間だし、この展望室に入るにはかなりの金額を払わないといけないからか、人影は少ないが皆窓際に立ち、町を見下ろしている。  時期も時期だからかカップルが多いようで、どの客も寄り添い人によっては抱き合いキスまでしている。  目のやり場に困るのでもう少し窓に近づきたい、と思い僕はカナタの顔を見て言った。 「もう少し窓に近づかない?」 「え? あ……うん」  頷いたものの、カナタが僕の腕を掴む力は強くなる。  この高さは怖いのだろうか。  カナタは翼があって空も飛べるのに。 「無理そうなら大丈夫だけど、そっちの椅子に少し座ろうか」 「あ、うん。その方がいい」  僕たちは展望室の壁際に置かれているベンチに向かい、そこに腰かけて窓の外を見た。  町の灯りも綺麗だが、空の星もよく見える。  百年以上生きてきたが、この星は百年前とは変わっていないのだろうか。  僕が生きてきた時間の中で町も人も変わった世界で、変わらないのは星たちだけか。そう思うと不思議な気持ちになる。 「こんなタワー造れたの、昔の人すごいね」 「あぁ、そうだね。世界一高いタワーだったはずだよ」  それが三百年も残ることになるなんて誰も思わなかっただろうけれど。  どうやってメンテナンスしているのか謎だが、異形の中にはカナタのように翼を持つ者がいて空を飛べるから、何とかなるのかもしれない。 「じゃあ俺たち、今世界一高いところにいるのかな」 「あぁ、そう言われてみればそうかもね」 「そう思うとすっげー」  と言い、カナタは目を輝かせて外を見つめた。  

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