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第3話

友泉(ゆうせん)清蓮(せいれん)は親しみを込めた声で、その若者の名を呼んだ。 清蓮にそう呼ばれた若者は侍従に茶を催促すると、背を向けたままの清蓮に話しかけた。 「いよいよだな」 「うん、いよいよだ」 清蓮は振り向くと笑顔で答えた。 侍従の一人が新しい茶を清蓮と友泉に差し出すと、清蓮は無言で頷いた。 それを合図に、そばに控えていた侍従たちは部屋を辞した。 控えの間には、清蓮と友泉の二人だけとなった。 清蓮は友泉と向かい合って座ると、茶を一口飲んだ。 清蓮の目の前にいる友泉は、清蓮の幼馴染で、共に学問・武芸を学んだ同門の友であり、唯一無二の親友でもある。 精悍な顔立ちと堂々とした体躯の持ち主で、一見すると近寄りがたい雰囲気を漂わせているが、破顔一笑、笑うと子犬のような人懐っこい笑顔を見せる青年だ。 友泉は剛安(ごうあん)将軍の一人息子でもあり、武人として若いながらも数々の武勲をたてていた。 いずれは父親のように将軍となり、この国を支える柱となるだろうと目されていた。 「で、どうだった? 」 清蓮は演舞場の様子を知りたくて、友泉に頼んで見に行ってもらっていたのだ。友泉は茶を一気に飲み干すと、演舞場に漂う熱気と興奮を清蓮にこと細かに伝えた。 「一階はお前が望んだ通り、市井の人たちで埋め尽くされてるよ。始まる前からみんな興奮して。ま、演舞場に来るなんて、一生に一度あるかないかのことだからな。そういえば、茶菓子なんか振る舞われてたな。まったく子供ならともかく、大人に茶菓子だなんておかしいと思わないか? こういう祝いの席は昔から酒って決まってるだろうに!」 「ははっ。お酒が飲みたいのは君だろう? 仕方ないよ、友安国(ゆうあんこく)始まって以来のことだからね。人は酔うと何をするか分からないから、差し障りのないものにしたんだろう」 友泉はあることを思いだして言った。 「いつかのお前みたいにか? 確か、あの時は酔っぱらって、みんなに手当たり次第、絡んでたよな」 清蓮は苦情と言い訳を同時に言った。 「友泉! それは言わない約束だろう? 初めて飲んだ酒で、あんなに酔ってしまうなんて、思いもしなかったんだ。本当に君には悪いことしたと思ってるんだから」 「冗談だよ、冗談。ちょっと言ってみただけさ! 俺、気にしてないから。まぁ、なんにせよ、お前の希望通りになって良かったじゃないか」 「うん、みんなには本当に感謝している」 成人の儀は、友安国(ゆうあんこく)建国以来、王族、大臣など、ごく限られた者だけが参列を許される儀式であり、それは破られることのない慣例として脈々として受け継がれてきた。 それが無間川(むげんがわ)の氾濫、疫病の終息から三年たち、改めて成人の儀を執り行うことになった時、清蓮は是非とも人々にも見てもらいたいと国王に嘆願した。 なんてことはない。清蓮はどうせお祝いするなら、みんなでお祝いしようという、なんとも楽観的な考えで提案したのだ。 国王をはじめ、みな呆れていたが、清蓮はことあるごとに国王を説得した。 幸い国王の弟であり清蓮の叔父でもある天楽(てんらく)とその妻・栄林(えいりん)も清蓮の意見に賛同し、国王の説得に加わったこともあって、ようやく国王は首を縦に振ったのである。

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