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第22話

太刀渡家(たちわたりけ)—— 名凛が向かう太刀渡家は、友安国(ゆうあんこく)で最も高い山である竜仙山(りゅうせんざん)の麓に居を構えている。 竜仙山は山頂が万年雪に覆われており、山の中腹より上は一年を通して雲で隠れており、もし晴れて、その雄大な姿を拝むことができたなら、その人は必ず幸せが訪れるという、言い伝えがある山だ。 その太刀渡家には、馬車で約五日の道のりで行くことができた。 名凛(めいりん)は旅慣れてはいたが、馬車に揺られるだけで何もすることはない。 本も読んだから飽きてしまった。 馬車の小窓開けると、馬車の脇に付き添っている馬上の友泉(ゆうせん)に話しかけた。 「友泉。私、すごく退屈だわ。何か面白い話をして、面白い話が聞きたい! 」 (始まったよ……こういう無茶なことを急に言いだすってのは、世間知らずの王女様だよな) 「むかし、むかしあるところに、一人の女性(にょしょう)がおりました。その女性はとても変わった趣味をもっていて錠前造りや鋳造、はては蝋人形をつくっては周囲の者に呆れられていました……」 「——! 」 誰のことかは一目瞭然で、護衛の者たちは、くすくすと笑い出す。 馬車の中にいた乳母ですらも、思わず、「ふふっ」と笑ってしまう始末。 「ちょっと、それ、全然面白くないわよ、誰が聞いても、それ、私のことじゃない! 」 名凛は顔を真っ赤にして友泉に抗議した。 本来なら王族に対する不遜とも言える内容も、護衛も乳母も名凛が生まれた時から彼女に仕え、名凛の性格をよく知っていた。 気の置けない人たちだけに苦笑いこそすれ、どうしても緊迫感をもち得ないのであった。 「みんな私のことを馬鹿にして! もう知らない! 」 名凛は不貞腐れた顔で友泉に言うと、馬車の小窓をぴしゃりと閉めた。名凛の行き場のない憤りは、愚痴となって乳母に向かっていく。 「ねぇ、梅月(ばいげつ)、失礼だと思わない? 友泉はいつもそうなのよ! 私を馬鹿にして! ちっとも面白くないわ! 」 「名凛様、いまに始まったことではございませんでしょう。彼なりに場を和ませているんですよ」 「場を和ませる? そうね、私以外はみな面白かったでしょうね! ほんと、無神経なんだから! 」 やれやれと苦笑いすると、梅月は友泉を擁護する。 「彼はああ見えてちゃんと考えているんですよ。周りの大人からも好かれていますし。そうそう、ご存知ありませんでしたか? 彼は若い女性からもたいそう人気があるんですよ」 梅月の言葉はどこか含むところがあるようで、名凛がすぐさま食いつく。 「好かれている? ずいぶんと物好きがいるのね。あぁ、でも将軍の息子だからかしらね、地位も名誉もあるから」 名凛は言ったそばから独り合点する。 「そういうことも多分にあるでしょうが、私が思うに、友泉は単純に、「いい男」なのでございますよ」 「いいおとこぉ? 」 名凛は腹を抱えて大笑いした。 あまりに笑いすぎて、後頭部を馬車の壁にぶつけてしまったほどだ。 梅月は王女にあるまじき姿で笑い転げる名凛を見て、ぴしゃりと膝を叩いて嗜めた。 「いたっ! あはは……。だっておかしいじゃない? 友泉がいい男ですって⁉︎私をじゃじゃ馬呼ばわりする人が? もうみんなどうかしてるわ、ほんとに……」 名凛は息巻いて言ってみたものの、梅月の言葉に引っかかるものがあったようだ。 「もういいわ、何も言わない、もうおしまい! 」 一歩的に話を終わらせた。 しばらくすると、名凛は何気なく小窓を少し開けると、馬上の友泉を見た。 友泉はまっすぐ前を見据えていて、名凛の視線には気づいていない。 名凛は彼の日に焼けた、精悍で頼もしい後ろ姿を見ていたが、小さなため息をつくと、そっと窓を閉め、再び馬車に揺られるがまま身を任せた。

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