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第32話

再び森を走る清蓮(せいれん)の背後から、獣の咆哮にも似た鳴き声が聞こえた。 清蓮は、思わず立ち止まって振り返った。 一筋の閃光が、一瞬にして辺りを照らしたかと思うと、その光は瞬く間に消失した。 清蓮はいつ追っ手が来るかもしれないと、迷うことなく走り出した。 清蓮は無我夢中で走った。 どこに向かって走ればいいのか、いつまで走ればいいのか、どこまで走ればいいのか、清蓮にはまったく分らなかった。 それでも、清蓮には走る以外の選択肢はなかった。 体力にも自身があった清蓮であったが、さすがに夜の森を走り続けるのにも限界があった。 疲労が極限に近づいてくると、どんどん足が重くなる。 それは、清蓮の運命に重くのしかかる足枷のようだ。 いよいよ足が進まなくなったところで、足がもつれ、木の根っこに引っかかり、倒れ込むようにして転んでしまった。 清蓮は突っ伏したまま身動きもせず、息づかいだけが静かな森に響いた。 呼吸が少し楽なったところで、清蓮は地面の木の葉にぽたりとぽたりと雫が落ちているのに気がついた。 雨が降ってきたのかと思い夜空を見上げるが、雨はない。 そこではじめて、清蓮は、雨だと思った雫は、自分の頬をつたって落ちる涙だと気づいた。 走り回わって全身汗をかいて、口の中はからからだ。 それなのに、涙はとめどなく流れ落ちていく。 「父上……。母上……。なんでこんなことに、私が何をしたというんだ! 私が父上、母上を殺すなんて——間違っている! 」 清蓮は、涙に濡れた木の葉を握りしめたまま、何度も拳を地面に叩きつけた。 やっとの思いで起き上がると、悲痛な叫びをあげ剣を振り払った。 清蓮は異常なまでに興奮し、気が触れたかのように荒れ狂った。 精魂尽きると、清蓮は再び地面に倒れた。 満月はまた雲に隠れ、森の中は暗闇となった。 疲れ切った清蓮は、瞬きするたびに瞼は重くなっていく。 不思議なことに、清蓮がその瞬き一つするたびに、白い鹿と長身の男が交互に現れては消えていく。 (さっきの鹿か? 男の人は誰だ? ) 清蓮の瞼は重しをつけたように重くなる。 清蓮にはもう、目の前の現象に注意を向けるだけの気力は残っていなかった。 闇は清蓮を深淵に誘った。

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