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第36話

この日の清蓮(せいれん)は、幸運に恵まれていたといっていいだろう。 台所では(かまど)から、ほうほうと湯気がたちのぼり、ほんのり甘い香りが漂っている。 清蓮はそっと釜の蓋を開けると、炊き立ての白米が、真珠のように艶めき輝いていた。 米一粒一粒が豊かに膨らみ蟹の穴もある。 清蓮は思わず目を輝かせた。 炊き立ての米など修練した時以来だったからだ。 宮廷で出される食事は、すべて毒味されるため、清蓮の元に届く頃にはとうに冷え切っている。 致し方ないことではあるが、清蓮にとって温かい食事は何よりの贅沢でもあった。 清蓮はそばに置いてあった杓子で米をすくうと、炊き立ての白米を一口頬張った。 「うん、美味しい! 」 清蓮は、杓子も面倒と手で熱々の白米をすくって食べ始めた。 竈の近くに大きな皿の上には、白い大根があった。清蓮は手を伸ばし、恐る恐る大根の匂いを嗅いだ。 「大丈夫そうだな」 清蓮はその大根を一口かじった。噛むとしっかりとした歯応えとともに、塩と大根の甘味がほどよくなじんでいる。 「うん、これも美味しい! 」 清蓮は無心で白米と大根を交互食べているうちに、涙が溢れ、鼻水も出てきて、清蓮の美しい顔はぐしゃぐしゃになった。 清蓮は米のおいしさに感動したのか、両親を亡くし悲しんでいるのか、惨めな自分を哀れんだのか、よく分からなかった。 清蓮は満腹になると、ようやくその手をとめた。 釜の白米はほとんど食べ尽くしたが、清蓮は残った米を二つに分けて丸めた。 手拭いに包むと、一旦は袖しまったが、思い直して懐にしまった。 米の温もりがじんわりと清蓮の体を温めた。 清蓮は懐に隠していた短剣を取り出した。 この短剣は清蓮が生まれた時、国王が護身用として造らせたもので、柄は金の彫金細工により牡丹と唐草の紋様が描かれ、鞘には翡翠、黒曜石、金剛石などの天然石が無数に埋め込まれていた。 清蓮は、この短剣をいかなる時も肌身離さず持っていて、逃亡の際も、この短剣一本で追っ手を振り切ってきたのである。 清蓮は、そろそろ行かねばと短剣を懐にしまい外に出ようとした。 「そうだ! 」 清蓮は急に良い考えが頭に浮かんだのか、ぽんと手を打った。 身を翻して台所に戻ると、先程懐にしまった短剣をもう一度取り出した。 そして鞘に埋め込まれた石の一つを取り外した。 「これで勘弁してくれ」 清蓮は天然石を竈の近くに置くと、農家を後にした。 清蓮は集落から温蘭までの道中、民家に忍び込んで腹を満たし、野宿したり、小屋に隠れて寒さを凌いだりしながら、ようやく温蘭(おんらん)にたどり着いた。

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