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第38話
(この、女性 は——演舞場で会った、幼子の母親じゃないか! 何故こんなところにいるんだ! )
清蓮 は、この奇妙な巡り合わせに驚愕した。
清蓮の隣にいた男は、土気色の清蓮に声をかけた。「おいおい、大丈夫かい? 顔色が悪いよ、お嬢さん 」
清蓮は『お嬢さん』と呼ばれたことに、先ほどとは異なる驚きを感じた。
しかし、女性に見えるのなら、それはそれで構わない。
青ざめた顔をしたまま、男に丁寧に礼を述べた。
そして、清蓮は話しかけられたのをいいことに、声をかけてきた男にそれとなく聞いてみた。
すると男は、今から女が借金のかたに売られるところだと言った。
「なんでも、先日の、皇太子様の成人の儀で、あの女の子供が原因で、ちょっとした騒ぎになったらしくてさ。それが噂になって、旦那の商売が傾いちまったらしい。それで、女は旦那に縁を切られた挙句、借金のかたに花街に売られるところなんだとよ! で、ちょうど、その仲介人って奴が女を連れて行こうして、すったもんだになってるってとこさ!」
事の一部始終を聞いた清蓮は、さらに死人のように顔面蒼白となった。
成人の儀は、一部の民の暴走で、混乱のうちに幕を下ろした。
その発端は、みんなと喜びを分かち合いたいという、清蓮の善意ともいうべき提案から始まったのだ。
それが、巡り巡って、女の運命を狂わせてしまったとは——清蓮は、露ほど思いもよらなかったのだ。
(もし、ここで見つかったらどうしよう……。見つかったら……だめだ!
それは絶対に、絶対にだめだ!
あの女性には悪いが、ここで捕まったらおしまいだ。
大丈夫……気づいていない。
女性とは演舞場で一度、会っただけだ。
あの時、ほんの一瞬、お互いの人生に関わっただけだ——
だったら、もう、二度と、彼女の人生に関わらなければいい!)
清蓮は息をひそめ、何事もなかったように大通りを過ぎていくと、女の叫びと男の怒声は次第に遠のいていった。
その場では、男が女を叩きのめしてでも連れて行こうと、女に向かって腕を振り上げた——
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