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第52話

清蓮(せいれん)は深いため息をつくと、長椅子に座った。 「艶っぽいって……なんだ? 」 清蓮は『艶っぽい』、『物欲しそう』とやらを考えてみたが、いかんせん清蓮は色恋沙汰には無縁だった。 皇太子という立場上、いつかは誰かと結婚するのだろうと思っていたが、宮廷には露骨な関心を寄せる女性たちばかりで、心底辟易していた。 そんなこともあって、清蓮は未だ身を焦がすような恋をしたことがなかった。 それどころか、清蓮の短い人生を振り返っても、人を好きになったことがあったかどうかさえ、思い出せず、自分でも欠陥人間なのではと疑ったほどだった。 そんな清蓮にとって、店の男の指南は難しいものだった。 「どうすればいいんだ? さっぱり分からないな。それより、ちょっと違うことをした方が、よっぽど面白いんじゃないか? 」 清蓮はああでもない、こうでもないと店の男を真面目に体現していると、不意に引き戸が開いた。 小さな穴に大きな目玉。 右に左にと清蓮を舐め回すように覗き見ている。 清蓮はぎょっとしながらも、店の男が言ったように、艶っぽいとやらを体現した。 すると客は、「ひぃっ! 」と小さな悲鳴をあげ、引き戸を閉めてしまった。 「何かまずいことでもしたかな? 悪くなかったと思ったんだけどな」 清蓮は長椅子に横たわり、足を組んで天井を見上げた。 すると店の男が戻ってきて、いきなり清蓮を怒鳴りつけた。 「おい! おまえ一体、客になにをしたんだ、金返せって言ってるぞ! 」 「いえ、なにも。ただ挨拶しただけです、こんな感じで……」 清蓮は顎をしゃくりながら、口をめいっぱい横に開いて笑って見せた。 「はぁ? おまえ、客の前でそんな顔したのか、殺す気か? そんなのいらないんだよ! 言っただろ、客をその気にさせろって! 好きな男でも思い出して、色っぽく、『あぁっ、欲しくてたまらない』って顔すればいいんだよ! 」 男は清蓮に捲し立てると、「次はちゃんとやれ! 」と吐き捨て、扉を勢いよく閉めた。

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