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第54話

清蓮(せいれん)の目が覗き込む男を捕らえた。 否応なしに男の目と絡み合うと、清蓮は金縛りにあったように身動きが取れなくなった。 握ったままの水晶は、熱を帯びたように熱い。 あの(ひと)だ! 清蓮は咄嗟に目を逸らすと、男に背を向けた。 わずかな隙間からしか見えなかったが、あれはあの(ひと)の目だ。 あの男は宮廷での出来事を知っているのだろうか? 私だと気づいたのだろうか? 清蓮には確証がもてなかったが、このような状況で身元が分かってしまうのは、絶対に避けなければならない。 清蓮は、いまこそ本当に逃げ出してしまいたいと思った。 どうか、彼が自分に気づかず、このまま立ち去ってくれますようにと、清蓮は水晶をさらに強く握りしめた。 まもなく扉が開いた。 清蓮はまた怒られるのかと覚悟したが、そこにいたのは店の男ではなく楼主だった。 「さぁ、可愛い娘よ、こっちにおいで」 楼主はたいそう機嫌よく、優しく部屋を出るよう清蓮を促した。 清蓮は楼主の猫撫で声を訝しげに思ったが、あの小部屋から出られるのはありがたい。清蓮は楼主の後を大人しくついて行った。 楼主は清蓮を二階のとある一室に案内した。 そこは他の部屋からも離れた角にあった。 楼一番の部屋で、奥まっているからか、店先の喧騒とは無縁であった。 楼主に伴われ、清蓮が部屋に入った。 その部屋は質素な客間で、卓と椅子、壁には山水画が飾られていた。 そして、客間の奥には、わずかに開いており、薄暗い中に天蓋付きの寝台と鏡台が一つが見える。 どうやらそこは寝所のようで、清蓮の鼓動は否応なしに速くなる。 そして、——男が一人。清蓮たちに背を向け、眼下の内庭を眺めていた。

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