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第57話

清蓮(せいれん)の顔は一瞬にして凍りついたように硬く青ざめた。 男が暴徒から自分を助けてくれたように、今回も助けてくれたのではないかと、淡い期待を抱いていた。 あるいは偶然にしろ、やはり窮地を救ってくれたと思っていた。 しかし、それは思い過ごしだったのだ。 男は宮廷の命を受けて、自分を捕えに来たのだ。 淡い期待はまさに泡となった。 清蓮は意気消沈したが、だからといって、ここで捕まるわけにはいかない。 「君には悪いが……、私はここで捕まるわけにはいかないんだ! 」 清蓮は男に向かって椅子を蹴り上げた。さらに、鍵を奪い取ろうと手を伸ばす。 男は両手を後ろ手に組んだまま、飛んでくる椅子を軽くかわすと、後ろへ大きく飛び退いた。 「はっ! 」 清蓮は間髪入れず、右に左にと手刀を繰り出すが、男は余裕でかわしていく。 清蓮は手を緩めず、蹴りも加えて男に迫るが、これもやはり容易にかわされてしまう。 そもそも客間では思うように動きがとれない。 無表情だった男は楽しくなってきたのか、硬質の美貌に余裕の笑みを浮かべている。 清蓮の手刀や蹴りは、目にも驚く速さで繰り出されていたが、逃亡してからの疲労や緊張、怪我もあって、次第に威力も速度も落ちていく。 (このままじゃ埒があかない……) 清蓮は鍵を奪うのを諦め、男が庭を眺めていた窓から逃げようとした時だ。 衣装の裾を踏んで足を滑らせ、転倒しそうになった。 「うゎっ! 」 清蓮は床に打ちつられる代わりに、ふわりと宙に浮いたような感覚に襲われた。 「えっ? 」 気づいた時には、清蓮は男の両腕の中で抱えられていた。 包み込む腕は逞しく、それでいて清蓮を宝物のように、大事に抱いている。 男は息一つ乱さず、清蓮を見つめている。 (あの時もそうだった……。演舞場で助けてくれた時も、こんな風に……) 男は何故か楽しそうに、清蓮の目の前で鍵をちらつかせた。 「どうしても、欲しい? 」 男の低音の落ち着いたが、清蓮の耳をくすぐるように届く。 「……」 清蓮の息は上がっていた。頬はほどよく赤みが差し、心臓の鼓動はこれ以上ないほどの速さだ。 それは手合わせした直後だからか、美貌の男に抱き抱えられたせいなのか、よく分からない。 ただ、荒れた息の合間から、「欲しい……」と答えるのが精一杯だ。 男は形の良い眉をわずかに上げ、小さな笑みを浮かべた。 「鍵が欲しいのなら、私の言うとおりにして」

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