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第59話
男は強引に清蓮 の両手を自分の首に、両足を自分の腰に巻きつけたのだ。
清蓮は男にされるがまま、男の体に絡みつくようにして抱きついている。
清蓮はますます混乱するばかりだ。
男は清蓮に体を寄せ、清蓮にもう一度耳元で言った。
「店の男が、覗いている」
「えっ! 」
清蓮は男に抱きついたまま、鍵のかかった扉に視線を移した。
内側から鍵のかかった扉は、当然のことながら開いていない。
だが扉の横の壁を見ると、小さな穴が見えた。
清蓮は思わず、「あっ! 」と声をあげた。
清蓮が小部屋で見たのと同じ覗き窓がそこにあったのだ。
清蓮からはその穴はあまりにも小さく、男が覗いているのか分からない。
しかし、清蓮は仙術の経験から、廊下に人の気配を感じ取ることができた。
男の言うとおり、店の男がこちらを覗いているのは間違いない。
それは、店の男は清蓮がちゃんと仕事をしているか確認しているのだ。
一方店の男からは、男が清蓮に覆いかぶさり、清蓮が男の首に、腰に手足を絡ませしがみついているように見えた。
こうなると、清蓮は男から離れるわけにもいかず、店の男が立ち去るまで男にしがみつくしかない。
二人は決して裸で抱き合っているわけではない。
それでも清蓮の心臓の鼓動は男に聞こえてしまうのではないかと思うほど高鳴っている。
「まだいるのか? 何故だ? 」
清蓮は怪訝な表情で壁の穴を見つめた。
男は再び清蓮の耳元で何か囁いた。
「えっ、声を出す? 声って……あっ、そ、そんなこと無理だ! 絶対に、無理だっ! 」
清蓮は頭をぶるぶると振って拒否する。
店の男が居座り続けたのは、理由があった。
清蓮の喘ぎ声を聞きたかったのだ。
(彼に抱きついているだけでも恥ずかしいのに、そんなこと……もう、やけくそだっ! )
「あ——! あ——! 」
店の男は、思わず眉間に皺を寄せた。清蓮の声は、喘ぎ声というには程遠かった。
誰が好き好んで、烏のような鳴き声を聞きたいというのか。
清蓮は男に小声で訴えた。
「もう無理だ、これ以上恥ずかしいことできない! 君の仙術でなんとかしてくれ! 」
男は自分に絡みつく清蓮の両手足をそっと解いた。
清蓮に跨ったまま、翡翠色の上衣を脱ぐと、肌衣一枚になった。
整った襟元からは逞しい胸筋がわずかに見えた。
清蓮に再び覆い被さると、男は清蓮の耳元で再び囁いた。
その低音の落ち着いた声は、微かに震えていた。
「殿下、すまない——」
男は清蓮の耳元へ、熱い吐息とともに自らの唇を軽く押し当てた。
「あっ! 」
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