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第60話

清蓮(せいれん)は背筋がぞくりとして、一瞬で全身が熱くなる。今度は男の唇が清蓮の首筋に吸いついた。 「ンッ……、はぁっ……」 清蓮は思わず甘い吐息を漏らした。 男の唇は、微かに震えていたが、清蓮の耳元から首筋に唇を押し当てると、這うように行き来する。 清蓮は男に軽く触れられただけなのに、経験したことのない恍惚感に襲われた。 「やめっ……、あぁ……」 男の体を離すどころか、絡めた手足に力を込め、きつく男を抱きしめた。 「いいね、いいねぇ。へへっ、色っぺえなぁ。出だしから、あんな声出してたら、最後どうなるんだろうねぇ、へへっ」 店の男は、卑猥な笑みを浮かべると、その場を立ち去った。 一刻後——。 清蓮は意識を取り戻した。 気づいた時には、白絹の掛け布が丁寧に掛けられた状態で寝台に横たわっていた。 寝所は行燈がほのかに室内を照らし出していた。 清蓮は半身を起こすと、一つ深呼吸をした。 「一体、何が起こった? 彼は何をした? 私は彼にしがみついて……、それから気を失ってしまったのか? 」 不意に視線を鏡台に向けると、 「せっかく彼女が綺麗に整えてくれたのに……。髪も衣装も台無し……、あっ……! 」 清蓮の首筋には、幾つもの鮮紅色の小さな痕が、牡丹の蕾のように艶やかに咲いていた。 「あっ、これは……」 清蓮は思わず目を逸らした。 低音の落ち着いた声—— 柔らかい唇—— あのえもいわれぬ感触が蘇ると、清蓮の体は自然と火照ってくる。 「だめだ、落ち着かないと……。私は何を考えているんだ……。ああでもしないと店の男は納得しなかっただろう。彼もそれが分かっていたから、あんなことをしたんだ。仕方なかったんだ……」 清蓮は無意識に指で首筋に触れると、男が触れた軌跡をたどった。 「でも……、彼以外の人があんなことをしたら……、それでも、私は仕方ないと思うのだろうか? 」 清蓮は静かに首を左右に振ると、火照る体と心を鎮めようと、深呼吸を繰り返した。

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