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第62話

男の言う通り、清蓮(せいれん)はぶつぶつ大きな声で呟いていたのだ。清蓮は勢いよく男に背を向けた。 「わ、私は頭が混乱すると、思ったことをつい口にしてしまう癖があるんだ。 自分では声に出してるつもりはないんだけど。 周りの人たちからは、気をつけろって。 あぁ、またやってしまったんだ! 言っておくけど、別に君のことを悪く言うつもりはなかったんだ。 人にはそれぞれ事情も好みもあるからね。 何をするのもその人の自由だ。 私は君の自由を尊重する」 清蓮は話せば話すほど、脈絡もないことを口走る。 「あ、でも、失礼なことを言ったのは間違いないから、気を悪くしたならすまない。 ただ、どうなんだろう、君の相手として、私は? 他にもっといい人がいるんじゃないのかな? あ、いや、そうじゃない、そういうことが言いたいんじゃない! あぁ、本当にごめん。 いろんなことが次から次へと起こって、もう頭の中がおかしくなって、自分でも何を言ってるか、さっぱり分からないんだ! 」 清蓮はいっそのこと、どこかに隠れてしまいたい気分になった。 しかし、そんな清蓮の醜態も男には新鮮だったようだ。 くすくすと笑った男の切れ長の目は、まるで夜に煌めく三日月のように美しく変化した。 硬質の美貌は、柔らかな陽射しを受けたかのように眩しく煌めく。 清蓮はまじまじと男の顔を見た。 「君……」 自分の醜態はどこへやら、清蓮はすっかり、男の笑顔に魅入ってしまった。 清蓮も嬉しくなって、そんなに笑わないでくれと照れ笑いする。 「貴方は……、とても面白い人だ」 男は形の良い眉を片方、軽く上げた。 少し揶揄うような言い方にも聞こえたが、不思議と不快感はなかった。 「君は……、不思議な人だね。あ、別に悪い意味で言ってるわけじゃないからね」 「うん。分かっている」 ずっと緊張した中で過ごしてきた清蓮にとって、この短い言葉のやりとりでさえ、どこか心安らぐものがあった。 清蓮は彼と演舞場で初めて会った時から、どこかで会ったことがあるような既視感を感じていた。 しかし、どうにも思い出せない。 (こんな綺麗な(ひと)、忘れるはずないのに)

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